S級取得もプロより無名校へ「やっぱり高校サッカーだな」 全国初出場に導いた教え「やればできる」

豊川高を率いる長谷川大監督【写真:安藤隆人】
豊川高を率いる長谷川大監督【写真:安藤隆人】

愛知・豊川高 長谷川大監督「常にアクションすることの大切さを教えたいんです」

 今年のインターハイにおいて多くの高校がひしめく愛知県において豊川高が初出場を果たした。豊川と言えば駅伝、水泳が全国レベルだが、サッカー部はこれが初の全国大会出場となった。チームを率いるのは長谷川大監督。この名を聞いてピンと来た高校サッカーファンはいるだろう。選手権出場回数全国最多の秋田商で長年指揮を執り、2020年度の第99回全国高校サッカー選手権大会では山梨学院を率いて2度目の全国優勝に導いた指揮官だ。プロライセンスであるS級ライセンスを持っている長谷川監督が、なぜ愛知のサッカーでは無名校を率いるようになって、全国に勝ち名乗りをあげるまでに至ったのか。その真実に迫った。(取材・文=安藤隆人/全2回の1回目)

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 インターハイに向けて準備を進めている7月11日に豊川高校から徒歩5分ほどの位置にある人工芝グラウンド、陸上トラック、野球場が揃う豊川高校総合グラウンドに足を運ぶと、選手の前で話をする長谷川監督の姿があった。

「サッカーは日常が大事。些細なことが勝敗を分ける。俺たちは全国出場を決めたことで『見られているチーム』になった。隙を相手は見ているぞ」

 長谷川監督を15年以上前から取材をしているが、非常に哲学者であり、伝える言葉がうまい。映画のたとえ話を出して、「脇役がいないと、主人公1人では物語は成り立たない。1つの物語を完成させるにはそれぞれが好きなことだけや言われたことだけをやっていても面白い作品は完成しない。役者が描かれたシナリオの中でそれぞれの個性をその作品のために発揮することで完成する。サッカーも同じだ」と語っていた時もあった。

 いろいろなたとえや教訓を出しながら、選手たちに語りかけて、内側から気づきと自主性を刺激する。長谷川監督の指導は昔から変わっていない。

「自分がチャレンジしないのに、選手に『チャレンジしろよ』と言う指導者にはなりたくないんです。自分がアクションしないのに『アクションしろ』と言うのも違う。自分の生き様じゃないけど、常にアクションすることの大切さを教えたいんです」

 長谷川監督にとっての大きな人生のチャレンジこそが豊川高に赴任したことだった。全国優勝した翌年の2021年度をもって山梨学院の監督を退任した時に、豊川高からのオファーが届いたという。

「選手権優勝直後の2021年1月に豊川市で講演会をさせてもらったんです。そこで豊川やその周辺の地域の人たちから、『能力のある小学生、中学生は多いけど、みんなJユースや県外の強豪高校に進んでしまう』と悲痛な叫びを聞いたんです。ラランジャ豊川というクラブは多くのタレントがいて、菅原由勢選手も育った。そう言った地元の選手が地元で全国を狙えるようにしたいという熱い想いを聞いていたのですが、まさか自分に白羽の矢が立つとは思ってもみませんでした」

 2022年はS級ライセンスを取得すると決めていたため、すぐに回答はできなかったが、取得する過程を踏んで行くにつれて、豊川の人たちの熱量が頭から離れず、「本当の意味で1からやることもありなんじゃないか」と考えるようになった。

 だが、当時の豊川高は愛知県リーグ4部に所属し、県大会でも早々に負けることが多いようなチームだった。当然、簡単なチャレンジではなかった。

「秋田、山梨で高校サッカーの監督をやって、山梨学院大学でヘッドコーチと神奈川大学で監督をやった。それぞれ文化が違う中で、その文化を尊重しながら、そこの地域に合ったようなサッカーをアジャストしていくことは凄く楽しいことでした。それに山梨学院で勝った時も、『全国優勝の経験があるチームだから勝てた』と言われるのが嫌でした。だったら、新しい場所で新しいフォーカスの仕方で新しいチャレンジをして『あいつはどこに行ってもやっぱりなんだかんだ言っていいチーム作るな』と言ってもらえるようになりたいなと。S級を取る前はプロの世界に行くことを望んでいましたが、やっぱり高校サッカーだなと思って引き受けました」

 覚悟を持って新天地・豊川にやって来た。選手獲得に動く中、長谷川監督が手応えを掴んだのは、もともと在籍していた部員たちの存在だった。

「豊川に来て最初に取り組んだのは、『やればできる』ということをみんなに思ってもらうことでした。ミスを恐れない、チャレンジするのが当たり前のようにしていきたいと思ってチーム作りを始めました。最初は選手との距離を感じましたが、指導をしていくうちにどんどんみんなの目の色が変わって来て、『吸収しよう』と前向きなチャレンジが出て来て、どんどん成長していくんです。それが楽しくてしょうがなかった。今振り返っても1年目が一番楽しかったですね」

 いきなり来た全国優勝経験のある監督の前に戸惑いながらも、選手たちが共に成長していく流れを生み出してくれた1年だった。そして、ここから豊川の躍進が始まっていく――。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。

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