宿泊先を隠匿も発覚、花火や大声で睡眠妨害も…“圧倒的不利”を跳ね除けたイングランド

イングランド代表はメキシコに3-2で勝利した【写真:ロイター】
イングランド代表はメキシコに3-2で勝利した【写真:ロイター】

イングランドはメキシコに3-2で勝利した

 試合前のイギリスでは“メキシコ戦はイングランド圧倒的不利”という報道が充満していた。それはメキシコ代表の能力とは全く関係がない、試合コンディションの問題だった。

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 一つは試合が行われたエスタディオ・アステカ・スタジアムの標高。これが2240メートルである。生放送したBBCはこの標高がどれだけ高いのか、試合直前にイギリス人に分かりやすい表を作って説明した。

 まずイングランド・サッカーの聖地『ウェンブリー・スタジアム』の標高が44メートル。イングランド内で最も標高が高いスタジアムはウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンのホーム『ザ・ホーソンズ』の168メートル。イギリス一の高さを誇るベン・ネビス山の標高が1345メートル。そして最後にイングランド代表で最も背が高い2メートル1センチのDFダン・バーンを”1114人積み上げた高さ”と伝えた。

 酸素が薄い高地で起こる高山病の頭痛、吐き気、倦怠感、息切れといった症状は、人によっては標高1500メートルでも現れるという。ただし人間は2〜3週間の滞在で体内の赤血球を増やして、十分な酸素量を体内に取り入れることができるようになるが、イングランド代表に与えられた時間はわずかに3日。もちろん超人のように鍛えられた選手団だが、その運動能力が削がれる不安は大きかった。

 そして二つ目がメキシコ・サポーター。前戦のベスト32戦の相手となったエクアドルは、宿泊先のホテルの近くにホスト国のサポーターが車やバイクで結集し、太鼓を叩き、大声で歌い続け、花火を上げる等々、けたたましい騒音を立てられ、選手の安眠が著しく妨害された。当然ながらこのことをFIFAに訴えていた。

 一方、イングランドは市内のホテル滞在を避け、宿泊先を隠匿しようとしたが、結局大所帯の代表チームが移動して発覚。しかしエクアドルから苦情が出ていたことで、警官隊が出動し、サポーターをホテルから遠ざけて、イングランド代表選手の睡眠は最低限守られたらしい。

 というわけで試合前から悲壮感が漂ったメキシコ戦であったが、さらに付け加えると、イングランド代表にはこのスタジアムでマラドーナの“神の手ゴール”と、今もW杯史上最高ゴールの一つに数えられる有名な“5人抜きゴール”を決められた1986年メキシコ大会準々決勝の苦い思い出がある。

 そして試合はそんなコンディションにマラドーナの呪いがかかって、一筋縄ではいかない劇的な展開となった。

 前半、ジュード・ベリンガムが2分間で立て続けにゴールを奪い、あっという間に2-0としたが、セットプレーからの流れで1点を返され2-1で前半を終了。ところが右SBのジャレル・クワンサーが後半9分に一発レッドカードで退場となった。この後、お互いにPKで1点を奪い合い、3-2となった。この1点リードの状況で、後半アディショナルタイムを含めると、40分以上の長い時間をイングランドは10人で戦った。そして気迫の守備で追いすがるメキシコを振り切った。

 印象的だったのが、試合直後の主将ハリー・ケインのインタビューだった。後半45分に守備固めのためMFのモーガン・ロジャーズと交代したが、試合終了までベンチから叫び続けたのだろう、声が完全に潰れていた。そしてこの勝利の喜びを「本当にスピーチレス(言葉では言い表せない)」と、文字通り聞き取るのが難しいかすれ声で語った。

 1998年からイギリスでイングランドのW杯を見続けているが、これまではこうした展開で悔しい惜敗をするイメージが非常に強かった。

 やはり強烈に覚えているのが、デイビッド・ベッカムが悪夢のレッドカードで退場し、10人の戦いを強いられた1998年のアルゼンチンとのベスト16戦。そしてウェイン・ルーニーが一発退場となった2006年ドイツ大会のポルトガルとの準々決勝。2試合とも10人になったイングランドが正規の90分、そして延長戦を耐えてドローを守ったが、PK戦で敗退した。

 そんな苦い記憶がある中、このメキシコ戦は最後の最後まで1点のリードを守り抜き、準々決勝進出を勝ち取った。

 イギリスでは現地時間午前1時キックオフの予定がさらに1時間遅れて、劇的な試合が終了したのは午前4時4分となった。しかし全国で午前5時までの特別営業が許されたパブは満杯で、素晴らしい勝利の余韻で包まれた。

 そこに、この試合の前半36分、38分と立て続けに2ゴールを奪ったヒーローのベリンガムは「月曜日の早朝まで試合を見守った母国のサポーターにメッセージを」と聞かれると、「もう一杯飲んでこの勝利を祝ってくれ。そしてボスに『今日は休む』とメールしよう」とユーモラスに語った。

 次は怪物ハーランドが待ち受けるノルウェーとの準々決勝。今季はチーム内の不協和音が原因で不振を極めたベリンガムだが、このメキシコ戦でレアル・マドリードのデビュー・シーズンで見せた鮮烈な決定力と22歳らしい本来のお茶目な一面を取り戻した。

 次戦は標高の問題がないマイアミでの決戦。ここでもベリンガムが勝敗の明暗を分けるインパクトを生む活躍を期待する。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)



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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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