日本対戦国の「ドーピング」で思い出される32年前の衝撃 歓喜から暗転…英雄の残酷なW杯追放劇

元アルゼンチン代表のマラドーナ氏【写真:AP/アフロ】
元アルゼンチン代表のマラドーナ氏【写真:AP/アフロ】

奇跡の復活ゴールから一転…全世界が絶句した「ドーピング陽性」

 1930年の創設から、数々の伝説とドラマを生み出してきたFIFAワールドカップ(W杯)。しかし、時にその歴史には、信じがたいほど残酷でスキャンダラスな結末が刻まれることがある。今回は、1994年米国大会で全世界に衝撃を与えた、アルゼンチンの英雄ディエゴ・マラドーナの「ドーピング違反による大会追放劇」、そしてその後に指揮官として果たした劇的なW杯への帰還を振り返る。

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 1986年のメキシコ大会において、伝説の「神の手ゴール」と「5人抜き」をたった1試合でやってのけ、母国を世界制覇へと導いたマラドーナ。世界最高のフットボーラーとして君臨した彼だったが、そのキャリアは常に光と深い影が隣り合わせだった。

 1991年にコカイン使用による長期出場停止処分を受けるなど、どん底を経験。しかし、1994年の米国大会に向けた南米予選で敗退の危機に瀕していたアルゼンチンを救うため、1993年に代表へ電撃復帰を果たす。本大会グループリーグ初戦のギリシャ戦では、華麗なパスワークから豪快なミドルシュートを叩き込み、カメラに向かって雄叫びを上げる姿に世界中のファンが「神の子の完全復活」を確信した。

 だが、その熱狂は一瞬にして凍りつく。第2戦のナイジェリア戦後、マラドーナが受けたドーピング検査から、エフェドリンなどの使用禁止薬物が検出されたという信じがたいニュースが世界を駆け巡ったのだ。

 国際サッカー連盟(FIFA)は事態を重く受け止め、マラドーナを大会から即時追放するという厳罰を下した。精神的支柱を失い、完全に動揺したアルゼンチン代表は、その後の決勝トーナメント1回戦で早々に姿を消すこととなる。

 大会追放と併せて、マラドーナには再び15か月間という長期の出場停止処分が科された。すでに30代半ばに差し掛かっていた彼にとって、この決定は代表引退と同義だった。圧倒的な才能でW杯を支配した天才が、自らの手でその歴史に泥を塗ってしまった残酷なスキャンダルだった。

 選手として最悪の形でW杯に別れを告げたマラドーナだったが、サッカーの神様は彼に「もう1つのシナリオ」を用意していた。米国大会での追放劇から16年が経った2010年、南アフリカ大会の大舞台に、なんとアルゼンチン代表監督として帰還を果たしたのだ。

 リオネル・メッシら新たな黄金世代を率い、スーツ姿に髭を蓄えた指揮官としてピッチサイドに立つ姿は、再び世界中の耳目を集めた。チームはグループリーグを全勝で突破し、ベスト8へ進出。準々決勝でドイツに0-4と大敗を喫して大会を去ることになったものの、かつてドーピング騒動でサッカー界から追放された“悪童”が、母国を率いる将として最高峰の舞台に戻ってきた事実は、多くの人々の胸を打った。

 圧倒的な輝き、衝撃の転落劇、そして指揮官としての劇的な帰還。マラドーナとW杯が織りなした激動のストーリーは、サッカー史においてこれ以上ないほど人間味に溢れた伝説として、今も色褪せることなく語り継がれている。

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