スタメン落ちの功労者も「日本のために」 大久保嘉人が振り返る南アW杯…チームを変えた夜「すごくスッキリした」

「俺たち、このままでいいのかな」——絶望的な危機感からのスタート
闘争心あふれるプレースタイルで多くのファンを魅了し、Jリーグ最多得点記録を持つストライカー、大久保嘉人氏。彼のサッカー人生において、日本代表としての活動は決して平坦なものではなかった。「FOOTBALL ZONE」で今回の北中米ワールドカップ(W杯)の特別解説を務めるにあたり、自身が関わった日本代表の激闘を再びフォーカス。第1回は、絶望的な状況からベスト16進出という快挙を成し遂げた、2010年南アフリカW杯の真実に迫る。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部/全4回の1回目)
【PR】ABEMA de DAZN、2/6開幕『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』全試合生配信!毎節厳選6試合は無料!
大久保氏がメンバー入りしていた日本代表は、2010年南アフリカW杯を目前に控え、まさにどん底の状態にあった。2月の東アジア選手権(現EAFF E-1サッカー選手権)では3位に終わり、4月のセルビアとの親善試合でも0-3と大敗。国内最後の壮行試合となった5月の韓国戦でも0-2で完敗した。「このままではヤバい」。メディアだけでなく、ピッチに立つ選手たち自身が最も強烈な危機感を抱いていた。
「めちゃくちゃプレッシャーはありましたよ。全然勝てなかったんで、このままいってもすぐグループリーグ敗退になって、また批判されるんじゃないかって。チーム内でも『うわ、これヤバいな』『俺たち、このままでいいのかな』という空気でずっとやっていましたね」
当時の代表チームは、世界の強豪と戦ううえで「自分たちは実力的に弱いんだ」という現実を、選手全員が突きつけられ、そして認めていた時期でもあった。
重苦しい雰囲気のまま渡った直前合宿の地、スイス・サースフェー。ここで後の快進撃のターニングポイントとなる出来事が起きる。選手たちだけで行われたミーティング、俗にいう「サースフェーの夜」だ。
「代表選手ぐらいになると、1人1人プライドも持ってるし、『俺たちは下手だ』なんて思いたくもない。でも、ミーティングでディフェンス、中盤、フォワードで意見が全部違ったんです。その中で本当に言い合いになった。でも、言い合いしながらすり合わせていって、最後にみんなの話がまとまったことで、すごくスッキリしたんですよね」
これまで試合中に意見をぶつけ合うことはあっても、ミーティングでここまで腹を割って激論を交わしたことはなかった。この日を境にチームは完全に1つになり、「これならもう、やるしかない。何も言い訳できない」という確固たる覚悟が生まれる。初戦のカメルーン戦へ向けて「俺たちならやれるぞ」という自信を取り戻していった。
大会直前のイングランドとの親善試合では、キャプテンが中澤佑二から長谷部誠へ、正GKが楢崎正剛から川島永嗣へ変更されるなど、チームに激震が走った。選手たちも「これはちょっとヤバいな」と動揺したというが、スイスでのミーティングを経たチームの「戦い方の割り切り」は凄まじかった。
迎えた初戦のカメルーン戦。大久保氏は3トップの左に入り、中央には本来センターフォワードではない本田圭佑が据えられた。大久保氏はこの時の極端すぎる戦術を笑いながら振り返る。
「闘莉王がよく言ってたけど、『俺たちは下手なんだから』と。攻めても勝てないし、カウンターしかない。だから『とりあえず攻めるのは俺、本田、松井(大輔)の3人でいくぞ』と決めたんです。圭佑には『お前、絶対キープしろよ。タメを作ってくれないと俺ら上がれないから』って。俺と松井さんは後ろからとことん走ってディフェンスも攻撃も行く。長谷部たちには『もう上がってこなくていいから』って話してましたね。極端ですよね、本当に(笑)」
左サイドでコンビを組んだ長友佑都とも、「お前がピンチの時は俺が下がって助けるから、その代わり俺を走らせろ。俺はお前にパスは出さないけど、とりあえず俺を追い越して走れ」と完全に役割を分担。見栄や理想を捨て、泥臭く全員で助け合う戦い方が、初戦の劇的な勝利、そしてグループリーグ突破へと繋がっていった。
快進撃の裏には、ピッチに立てなかったベテラン選手たちの存在があった。直前でスタメンを外れた中村俊輔や楢崎正剛、川口能活といった功労者たちが、腐ることなく裏方としてチームのサポートに徹していたという。
「最初はスタメンが変わって『本気で戦わないと』『自分たちがその分までやらないと』と必死でしたが、俊さんや楢さんたちがプライドを捨てて『日本のために』とサポートに徹してくれた。それを見て若い選手たちは『より頑張らないといけないな』ってなったんです。だから、わだかまりなんて、試合が始まってからは全くなかったですね」
現在スペインで生活する大久保氏は、この時の「自己犠牲」と「団結力」が、いかに日本特有の素晴らしい武器であるかを痛感しているという。
「海外なら、W杯であっても自分の扱いが不満ならチームから離脱するような選手が多い。あの時のように、経験ある選手がサポートに回って1つになれるのは、日本でしかない良さだなって、スペインに住んでいる今、めちゃくちゃ感じますね。普段から個人主義だったら、たぶん代表にも入れてないと思うし」
大久保氏が「これまでのサッカー人生の中でも、あれだけ1つになったチームはなかった」と断言した南アフリカW杯の日本代表は、決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦でのPK戦敗退という悔し涙とともに幕を閉じた。「まだ行けた」という不完全燃焼の思いを抱えつつ、大久保氏はその後、オーバートレーニング症候群や怪我に苦しみ、代表から長らく遠ざかることになる――。
(FOOTBALL ZONE編集部)














