W杯優勝は10年前に決まる?「いい選手はもたらしたが」 必要なトレンド…育成プログラムの功罪

W杯優勝国連載⑥必要な育成現場のアップデート
アメリカ、カナダ、メキシコの3か国で開催されるワールドカップまであと1か月を切った。8大会連続8度目の出場となる日本代表は、今大会の目標に“W杯優勝”を掲げる。FOOTBALL ZONEでは「W杯優勝国の法則を探る」と題し、これまで優勝経験のある8か国を分析。最終回は育成の重要性について。(取材・文=中野吉之伴/全6回の6回目)
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ワールドカップ優勝国をひとつひとつ分析していくと、最後に必ず行き着く結論がある。世界王者は大会直前に作られるものではない。その土台は、10年以上前の育成年代にある。
2014年ブラジル大会を制したドイツは、その象徴だった。98年W杯ベスト8敗退、2000年の欧州選手権でグループリーグ敗退という屈辱を味わった後、ドイツサッカー連盟は抜本的な改革に踏み切る。全プロクラブへの育成アカデミー設置義務、トレセンの再編、指導者養成の改変、エリート学校システム、判断力と状況認知を重視したトレーニングへの転換。
その成果が09年U21欧州選手権優勝世代、すなわちマヌエル・ノイアー、ジェローム・ボアテング、マッツ・フンメルス、サミ・ケディラ、メスト・エジルらへつながっていく。代表の成功は、育成の成功なしには生まれなかった。
2010年のスペインだと、バルセロナを中心としたポジショナルプレーの思想が、年代別代表からフル代表まで浸透し、シャビ、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツらが育った。90年代後半、スペインはフィジカル勝負では世界に勝ち切れない現実を突きつけられ、育成の方向性を明確に変えた。
狭いスペースでの技術、素早い判断、ポジショニング理解。小さい頃からボール保持の原則と状況判断を共有してきた世代が、そのまま世界の頂点へ届いたのである。
ただ、ここで見落としてはならないのは、スペインがその成功モデルをそのまま続けて再び勝てたわけではないという事実だ。2014年W杯はグループリーグ敗退、2018年と2022年もベスト16止まり。
ボールは持てるが、相手を崩し切れない停滞に苦しんだ。そこへ現れたのがラミン・ヤマル、ニコ・ウィリアムズのような局面を打開できる個の才能。彼らが生まれた背景には、幼少期からスタイルを押し付け過ぎずに、個々の良さを最大限引き出そうとするアプローチがあった。戦術理解に優れた組織の中へ、1対1で相手を剥がし、流れを変えられるドリブラーが加わったことで、スペインは再び前へ進み、24年の欧州選手権を制した。
ヤマルが自分の原点として「ストリートサッカー」を挙げていたのがとても示唆的だ。当時スペインメディアに次のように答えている。
「ストリートでプレーすれば、より多くの手段を獲得することができる。そこではそこまで規則に縛られず、だからこそフットボールのスクールに通う人よりも、抜け目ないプレーができるんだよ」
優勝国は、その時代に必要な選手のバリエーションと個の良さを引き出すアプローチを常に更新し続けている。2012年の国際コーチ会議でドイツサッカー協会指導者育成ダイレクターのベルント・シュトゥーバーが「大事なのは現在のトレンドを知り、ドイツサッカーの現状を分析し、何が足らなくて、何が必要かを知り、実践すること」と語ったように、足りないものを冷静に洗い出し、時間をかけて取り組むことが大事なのだ。
東京五輪世代は日本サッカー史上最も世界基準を経験してきた
では日本はどうか。
日本の育成はここ数年で確実に前進した。指導者の質は上がり、戦術理解は深まり、欧州へ渡る選手も増えた。久保建英、堂安律、三笘薫、板倉滉、冨安健洋、上田綺世、田中碧ら東京五輪世代は、日本サッカー史上でもっとも世界基準に近い経験を積んでいる世代と言っていい。この世代はU-20W杯、そして東京五輪4強と、継続して国際舞台を経験してきた。
世界のスピード、強度、プレッシャーを若いうちから知っている世代である。しかも現在、その多くが欧州主要リーグでプレーしている。これまでの取り組みのたまものなのは間違いない。
ただ、結果が出ているから正しい、いい選手が出ているから問題ない、というわけではない。そう考えた瞬間に次の成長は止まる。
ここで思い出されるのが、ドイツサッカー協会で長年主任指導者育成教官を務めたフランク・ボルムートの言葉だ。
「タレント育成プログラムが多くのいい選手をもたらしたのは確かだ。だがその試みの中で、多くのタレントを壊してきてしまったのも事実なんだ」
2000年の惨敗を受けて育成改革を断行し、2014年に世界王者へたどり着いたドイツも、過度な競争、早すぎる選別、外部からの速すぎて、重すぎるプレッシャーが子どもを潰していないかを、今も問い直して、新しい取り組みをいろいろとスタートさせている。
欧州では20歳前後でその舞台に立ち、試合強度、判断速度、プレッシャーを日常として経験する選手が少なくない。そのために育成構造も考えられている。
それぞれに成長スピードがあるし、どこで何をきっかけに飛躍するかはわからない。様々なルートがあって、遅咲きの選手がじっくり花を咲かせる機会があることも大切だ。でも、いままさにきっかけさえあれば、一気に飛躍するかもしれない選手に、「今はまだ時期尚早だから」といって成長機会を奪うのもまた違うのだ。
Jリーグのグローバルフットボールアドバイザーを務めているロジャー・シュミット氏が、「日本では若い頃からJ1でプレーする選手が少ない。質が高い選手がいた場合、彼らを信じて起用することも必要です」と話していたことがあった。
レッドブル・ザルツブルクやバイヤー・レバークーゼン、PSVアイントホーフェン、ベンフィカで指揮を執っていたシュミットからの、「若手が飛躍するきっかけを見逃すな」という大事なメッセージではないだろうか。
日本の育成はいま、どうなのだろう?
今、欧州組が増えている。代表は強くなっている。だから大丈夫、ではない。これが最大限で、最適化されたものなのか。サッカー人口は増えているのか。サッカー指導者の質はよくなっているのか。グラスルーツクラブの環境は劇的に改善されているのか。なぜ育った選手がいて、なぜ育っていない選手がいるのか。日本国内の育成サッカーはどうあるべきなのか。
そこを問い続けなければ、世界トップレベルの変化には追いつけない。育成現場の日常の質が、10年、20年後の現実になる。ワールドカップ優勝とはその道の先にあるものなのだ。
この連載で見てきたすべての条件は、最後にそこへ収束していくのである。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。


















