苦労した外国人監督との「主導権争い」 “現場”vs“強化”…求められる「パラレルな関係」

鹿島の鈴木満フットボールアドバイザー【写真:産経新聞社】
鹿島の鈴木満フットボールアドバイザー【写真:産経新聞社】

鈴木満氏が語る監督と強化責任者の関係

 30年以上にわたり強化の最前線に立ち、数多くの監督と対峙してきた鹿島アントラーズのフットボールアドバイザー・鈴木満氏。外国人監督か日本人監督かという二項対立は、もはや意味をなさない時代になっている。(取材・文=森雅史/全5回の4回目)

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「これまで何人もの監督と一緒に仕事した経験ありますが、これだけの情報化社会になった今、たとえば特別な練習、日本で見たことのない練習を外国人監督がやるかとか言ったら、それはもうありません。今、SNSがこれだけ発達した中で、インターネットでいろんな情報も取れて、もう世界の情報もほとんど入ってくる。だから外国人監督が来ても練習方法の差はないと思います」

 練習方法の差がなくなった今、何が監督の価値を分かつのか。鈴木氏は「こだわり」と「人格」を挙げる。自分のサッカーを具現化するために譲れない一線を持ち、かつ人をまとめ上げる力があるか。そして、強化責任者との間に「パラレルな関係」を築けるかどうかが、チームの成否を分ける。

「私たち日本人の強化責任者、フットボールダイレクター、GMと言われているような人が監督と相対する時の関係が大切です。どちらが上だということはなく、パラレルな関係でいなければならない。立場的には評価をしなければいけないけど、サポートもしなければいけないという役割なんですよ。だから正直、そういう立場の仕事では、監督との関係性作りが一番難しいんです。それを上手くやらなきゃいけない。監督の言いなりみたいな強化部長では何の役にも立たない」

 その関係作りの中で日本人同士の場合は、特有の文化が壁になることがある。

「言葉が通じる分、先輩・後輩という関係性が出てしまう。年下の監督に対し、こちらの助言が強制や強要として受け取られてしまう懸念があるんです」

 ところが日本人でなければまた別の問題が出てくる。

「逆に外国人は最初に立ち位置を決めたがる傾向にあります。『俺の方が上だ』という体制を作りたがる主導権争いです。ここで負けてしまうと、コントロールは不可能になるんです。外国人の監督が新しくやってきたとき、一番難しくて大変になりがちなのはそこですね。そこはどの強化担当者も一番苦労している部分でしょう」

 昨今、外国人であろうと日本人であろうと、監督の権限が極めて強いケースも見受けられる。鈴木氏は、それも一つの形であると認めつつ、その立ち位置を作る難しさを強調する。

「強化責任者と監督の関係で、監督が優位になってしまうと大変なんですよ。そういう関係のクラブの強化責任者は大変だろうと思います」

 現場の「全権」を監督に委ねるのか、それともクラブのフィロソフィーを強化部が守り抜くのか。この課題に対し、鈴木氏は常に「対話」と「パワーバランス」で答えを出してきた。監督との軋轢を恐れず、しかし孤立させない。その絶妙な距離感こそが、鹿島という組織を機能させてきた。

「外国人監督は、こちらの上に立って自分の体制を作りたがる傾向にある。そこに負けないように、『違うよ。僕らはちゃんと協力して、パラレルな関係であって、でもあんたを評価するのは俺でもあるし、そういう立場でお互いに成功するために協力してやるんだ』っていう立場を作る。そこが一番難しい」

 鈴木氏がこうした難局を乗り越えてこられたのは、原点にジーコがいたからに他ならないと言う。

「僕はラッキーだったのは、ジーコがいたからですよ。ジーコといろいろやり合わなければいけなかった(笑)。ですが、そのあと来た監督の中で、ジーコよりもすごい人はなかなかいなかった。だから、例えばトニーニョ・セレーゾ監督が来たときは、『満さん、セレソンのビッグネームを扱うの大変でしょう?』とすごく言われたのですが、ジーコとやっていたんですから、そう感じなかった。だから僕はブラジル人監督の誰が来ても上手くやれたんです。最初がジーコでラッキーでした」

 日本リーグ2部に所属していたクラブに世界のビッグネームがやって来たのだ。すべて手探りで関係性を築かなければならなかった鈴木氏の苦労は、言葉以上のものだったはずだ。しかしそれがそののちの鹿島を支え続ける土台になったのも間違いない。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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