ブンデスで唯一の“日本人”「選手の力になりたい」 業務激増も…奥さんと出した答え「0.000001でも」

ザンクト・パウリの神原健太【写真:岩本太成】
ザンクト・パウリの神原健太【写真:岩本太成】

神原健太はザンクト・パウリでキットマネージャー兼プレイヤーケアマネージャーを務める

 ドイツ・ブンデスリーガ1部のザンクト・パウリに、少し変わった肩書きを持つ日本人スタッフがいる。クラブに籍を置いて4シーズン目を迎える神原健太氏の役割は、「キットマネージャー兼プレイヤーケアマネージャー」。前者はいわゆるホペイロ、選手のスパイクやユニフォーム、ボールなどの用具を管理・整備する仕事だ。そして後者は、移籍してきた選手の生活基盤を整え、ピッチ外のあらゆる面でサポートする役職である。日本のJリーグでいえば、通訳や強化スタッフが担うような仕事に近いが、ブンデスリーガのクラブでこの2つを兼務する日本人は、おそらく他にいない。(取材・文=林遼平/全3回の1回目)

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 このポジションが生まれた背景には、一人の日本人選手の存在があった。

 昨夏にベルギーのシント=トロイデンからザンクト・パウリへと移籍した藤田譲瑠チマだ。彼はクラブが今季初めて迎え入れた日本人選手だった。その加入が決まる前、昨シーズン終盤、神原とクラブは新たな役割について話し合いの場を持っていた。

「昨シーズンが終わるタイミングで、一応、僕の契約も一旦切れると。そこでクラブといろいろ話をする中、僕がプレイヤーサポートをしたいという想いを改めて伝えました。実は、その前の年、2部から1部に上がるタイミングでもクラブのダイレクターと話をしていたんです。その時は、うちではそういう役職を置くのはまだ早いかなという感じで話はされていたんですが…」

 だったら、とその時の神原は単年契約を選んだ。キットマネージャーとしての仕事を続けながら、次のステップを待つ——。そういう想いを持って籍を置くことにした。

「その時、ダイレクターは『そういうポジションを置くことになれば、君のことを第一に考える』と言ってくれた。もちろん、僕も他のクラブで可能性があるんだったら、これは考えたいというのもあったので、ひとまずキットマネージャーとして契約は更新するけど、とりあえず単年契約で1年ごとに見ていきたい、考えていきたいと伝えていました」

 その水面下の交渉に、藤田の加入の話が重なることになる。昨オフ、クラブから「日本人選手を取りたい選手がいる、だから今なら君のやりたいことをさせてあげられるかもしれない」と伝えられ、プレイヤーケアマネージャーの打診を受けた。

 ただ、クラブからの要求は、プレイヤーケアマネージャーだけではなく、これまで担当していたキットマネージャーと兼務することだった。当時、神原には頭を悩ませる一つの事情があった。昨年8月、自身の第一子が誕生していたのだ。

「これはプライベートのことなんですけど、8月に子供が生まれて。打診を受けた時には奥さんが妊娠していたので、全部をやろうとなったら…。僕が独り身だったらそれで良かったんでしょうけど、今後の自分のキャリアを考えた時に、プレイヤーサポートの方に自分は力を入れていきたいという思いも強くなってたので悩みました」

多岐にわたるプレイヤーケアマネージャーの役割

 兼務することになれば、仕事量が増加することは間違いない。家庭の状況を考えれば、悩むのは無理もない。それでも、奥さんと相談して、答えを出した。ホペイロの仕事を続けながら、プレイヤーケアマネージャーとして新たな一歩を踏み出す。そこにはかねてからの思いがあった。

「もともと選手の力になりたいという気持ちがすごく強かったんです。それがクラブの中でも現場の仕事にこだわっている理由です。ドイツに来ると決めた時、その時にはすでに多くの日本人選手がブンデスリーガで活躍してましたけど、そういう選手のサポートをすることによって、選手がどんどん活躍し、日本のサッカーがどんどん良くなればいいなという思いがありました。そこに貢献できている割合で言えば、本当に0.000001ぐらいなのかもしれないですけど、そういったことで少しでも日本のサッカーに貢献できるんだったら、それが僕にとっての理想なのかなと思っていたんです」

 そうして藤田の加入とともにプレイヤーケアマネージャーの日々が始まった。実際に始まった仕事の内容は、想像以上に多岐にわたった。移籍してきた選手に必要な滞在許可証の申請、住民登録の手続き、銀行口座の開設、車のリース契約、そして家探し。さらに冬の移籍市場で安藤智哉らが加わってからは、通訳の仕事もするようになった。キットマネージャーと合わせてピッチ内外で汗を流し続けているのだ。

 また、驚きなのは対象が日本人選手だけではないということ。今冬の移籍ウィンドウでは、安藤、原大智の日本人2人に加え、カナダ人やノルウェー人の選手が加入したが、すべての移籍選手のサポートをチームマネージャーと2人でこなしている。

「本当に家を探してきて、内見について行って契約書を確認する。その後に契約して、家の引き渡しとかそういう感じでやっています」

 フランス人のFWマティアス・ペレイラ・ラージとはメディカルチェックへの移動中、車内でフランス語で会話した。ドイツに来てから独学で積み上げてきた多言語のスキルが、思わぬ形で仕事に直結している。「僕としても彼らとフランス語で話すことができるのはすごくいい練習になってる」と笑うが、先を見越して準備してきたことが今に生きているのは、本人の努力の成果だろう。

「本当に大変ではありますけど、やっぱり今シーズンに関しては、自分でそれをやると決めてやっているので。すごく自分としても成長できている感覚が大きいです」

 キットルームで黙々とユニフォームを管理していた日々から、神原のいる場所は変わりつつある。それはかねてから温めてきた思いが、ようやく形になり始めたことを表している。

 そして、新たなポジションに就いたことで、神原には以前と違う景色が見えるようになった。ピッチ上で躍動する選手たちの、ピッチ外の顔だ。現在のザンクト・パウリには、藤田譲瑠チマ、安藤智哉、原大智と3人の日本人選手がいる。近くで、しかし一定の距離を保ちながら、神原はその適応の過程を見続けてきている。

(林 遼平 / Ryohei Hayashi)



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林 遼平

はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。

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