先輩からは「出やすいクラブの方がいい」 浦和入団を決断も…最終学年の葛藤「苦しい」

桐蔭横浜大から浦和に入団した肥田野蓮治「いろんなことを考えすぎて」
桐蔭横浜大FW肥田野蓮治は浦和レッズからのオファーを受け、念願のプロサッカー選手の扉を開くも、最終学年となった2025年に待っていたのはキャプテンとして葛藤だった。自分の本来のプレーを見失っていた時期に、何に苦しみ、どう打破したのか。(取材・文=安藤隆人/全4回の3回目)
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「個人的にはもうレッズからオファーが来て断る選択肢はありませんでした」
もちろんこの決断は簡単ではなかった。当時、肥田野のもとには他の1つのJクラブからも正式オファーが来ており、他にも3クラブから練習参加のオファーが来ていた。急がずに練習参加をしてからという選択肢もあり、かつFWとして浦和に入るということは、移籍で入ってくる名だたるストライカーや外国人選手との競争に打ち勝たないと試合に出ることはできない。実際に大卒で活躍をしたのは、伊藤敦樹や安居海渡など中盤以降の選手が多く、FWはより難易度が上がる。
「先輩たちからは『試合に出やすいクラブの方がいいんじゃないか』ともアドバイスをもらいました。でも、レッズでプレーできるのは限られた選手だけ。だからこそ、挑戦をしたいという気持ちが勝った」と、成長へのきっかけを与えてくれたクラブでプロキャリアをスタートさせる覚悟は確固たるものだった。
迎えた2025年、肥田野は10番を託され、キャプテンになった。
「人生で初めてキャプテンやって、いろいろサッカーに対して考えることも多くなった。プレーの責任だけじゃなくて、ピッチ外の立ち振る舞いとかいろいろなところで今まで感じたことがないプレッシャーというかストレスがありました」
浦和内定者と見られるよりも、チームを牽引する立場への戸惑いはシーズンが開幕するとどんどん大きくなって行った。
関東1部において開幕戦で東洋大学に0-5の大敗を喫してつまずくと、6節まで5敗1分けと苦しんだ。第7節の中央大学戦ではリーグ2点目となるゴールを決めて、1-0の初勝利に貢献をしたが、前期は波に乗れないまま2勝6敗3分と下位に沈んだ。
総理大臣杯予選となるアミノバイタルカップはなんとか全国出場権を掴むことができたが、大会が行われた御殿場で肥田野は苦悩の表情を浮かべていた。
「勝てない、勝ちきれない。ものすごく責任を感じています。去年までだったら自分のプレーに対してどう思うかだったのですが、今年は自分が良くても悪くてもチームのためにプラスな振る舞いをしないといけない。こんなんじゃダメなんです」
気丈に振る舞おうとするが、本音は相当悩んでいた。このとき、2人きりで深く話す時間があり、じっくりと話を聞くと徐々に本音がにじみ出てきた。
「はっきり言って苦しいです。チームとして全国出場は決まりましたが、もっと上に行きたいという気持ちと、僕自身も結果が思ったよりも出ていない。正直焦りもありますし、プレッシャーもあります。どうしても考えてしまう性格で、今は自分ができることをコツコツやらないといけないのに、どうしても先のことを見てしまうし、来年プロになってからのことを変に考えてしまう。逆算しなくていいところで逆算してしまうのが悩みです」
ちょうどこのとき、浦和はクラブ・ワールドカップ(W杯)出場のためアメリカに渡っていた。「メンバーに選ばれなかったことは悔しい」と口にしていたように、浦和内定、キャプテン、10番という様々な立場が余計な思考を及ぼしてしまっていたのだった。
考えれば考えるほど、答えが見出せなくなる。夏までこの葛藤は続いていたというが、9月の総理大臣杯でプレーを見ると吹っ切れたかのように持ち前の前への推進力を見せる姿があった。
「いろんなことを考えすぎて、自分がやらなければいけないことの整理がつかないところまで行きました。でも、ここまで悩んだことで、最終的には『どうにもならないなら、変に考えないで全力でプレーに集中しよう』というシンプルな答えに行き着きました。
どの試合でも全力プレーを出すことがチームに一番影響力を与えられるし、変なことをいろいろ考えすぎて迷っている自分よりは、思い切って本能のままプレーする自分の方が一番いいに決まっている。それを見てチームメイトも『ついていこう』と思ってくれると思うので、考えをシンプルにしました」
もう一度本能的な自分に立ち返ることで、徐々に“自分らしさ”を取り戻していくと、関東1部後期で肥田野の復調とともにチームは尻上がりに調子を上げていき、最終的には7位で残留とインカレ出場権を手にした。
そして、この期間に肥田野にとって一生忘れられないゴールが誕生した。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。



















