知的障害に「根気強く向き合います」 J名門がノウハウ蓄積も…懸念される「本質を見失うこと」

知的障がい者サッカーで選手は何をハンデとし、指導者はどう対応しているのか【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
知的障がい者サッカーで選手は何をハンデとし、指導者はどう対応しているのか【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

知的障がい者サッカーチームの選手が抱えるプレーの困難

 横浜F・マリノスが2004年にJリーグクラブとして初めてチームを発足させ、全国大会も開催されるなど日本で広がりを見せている知的障がい者サッカー。選手たちには視覚や四肢の欠損といった目に見える障害があるわけではない。そんな彼らはプレー中に何をハンデとするのか。また、現場の指導者はそれとどのように向き合っているのか。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全3回の2回目)

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 今回、Jリーグ初の知的障がい者サッカーチーム「横浜F・マリノス フトゥーロ」(以下、フトゥーロ)の取材を進めるにあたり、実際にプレーをこの目で見ようと11月22日~24日に静岡県御殿場市で開催され6クラブが参加した「全国知的障がい者サッカークラブ選手権~ジヤトコカップ2025~」に足を運んだ。

 グラウンドで目に飛び込んできたのは、高い強度で懸命にボールを追いかける選手の姿。仲間に積極的に指示を飛ばすプレーヤーもいる。チーム戦術がしっかりと遂行されている場面も見られた。取材前にはプレー動画もチェックしたが、改めてこんな思いが頭をもたげた。障害が見当たらない――。何も知らなければ健常者の大会と信じただろう。

 知的に障害のある人たちにとっては、サッカーをするうえで何が難しいのか? この問いをフトゥーロの立ち上げに関わった小山良隆氏(ラポール上大岡スポーツ課長)に尋ねたところ、「障害の度合い(軽度・中等度・重度・最重度の4段階)で課題がそれぞれ違うため一概に説明するのは難しい」としたうえで、「全般的に判断(情報処理能力)とコミュニケーション、理解を苦手とする選手が多いです」との答えが返ってきた。

 判断の課題は、空間認知や力加減などに表れる。例えば、ゴールキックに対して大きく違った所にポジションを取る、ルーズボールに2人の選手がトップスピードで突っ込んで行ってしまうといった具合だ。また、試合のプラン実行にも時に難しさが付きまとう。

「相手が格上だから前半は相手の様子を見ながらプレーをしようと指示したとします。すると、すべてのプレーが抑え気味になり、何を・どのくらい・どんなふうにプレーしたらいいのかがあいまいになってしまうことがあります」(小山氏)

 コミュニケーションでは、「感情を抑えきれない障害の特性」の影響が表れることもあるという。

「試合でチーム状況が悪くなると、マイナスのことばかり口にするという傾向も見られます。その辺りのコントロールに関しては、短期間での改善が難しく、年単位の時間をかけて根気強く向き合います」(小山氏)

 ただし、ひょんなことから見つかった“面白い発見”がフトゥーロではこの課題への解決策になっている。

「ある日、聴覚障がい者のチームと練習試合をした時のことでした。相手は試合中に手話で意思疎通を図りますから、自分たちも言葉を発さずにコミュニケーションを取ってみようと提案してみました。そうやっていざ試合をしてみると、これが思いのほか上手くいったんです。

 選手1人1人が高い集中力でいろいろな所に目を向けるようになり、要求の仕方も身振りが大きくなってチームメイトに分かりやすくなりました。『これ意外といいじゃん』と思ったので、この発見をしてからは練習中にネガティブな声掛けが目立つようになると『次の25分間は言葉禁止ね』と特別ルールを発動させることもあります」(小山氏)

ボードを使ってチームコンセプトの説明をする大場巧監督【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
ボードを使ってチームコンセプトの説明をする大場巧監督【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

理解の課題への対応と工夫

 理解の課題とは、具体的にどういった状況か。小山氏は「置かれたコーンをジグザグにドリブルしてシュートする練習」を例に出し、次のように説明した。

「最初はドリブルだけを行い、次にシュートだけを行う、最後に2つをつなぎ合わせるという工程で練習したとします。しかし、一部の選手はその日にできても次の日にはできなくなっている。恐らく健常者でもキッズのサッカーで同じ現象が起きているかと思いますが、知的に障害のある人たちはより時間がかかる傾向にあります」

 練習を重ねたとしても、知的に障害のある選手にとっては試合中の状況とトレーニング場面のイメージを結びつけることがなかなか難しいという。「トレーニング内容の実戦での再現や、またそれ以前の再現できているか・できていないかを実感させることに大きな難しさを感じます」。

 そうしたなか、選手にとって助けとなるのが「視覚支援」だ。フトゥーロトップチームの大場巧監督は、大会での取材の際にこのような工夫について教えてくれた。

「知的に障害のある選手の中には、言葉の指示だけでは理解が難しいプレーヤーもいます。そこで、ボードとマグネットを使用して自分たちの立ち位置などが分かるようにしています。また、重要なコンセプトを簡潔にまとめたボードも使い、選手たちの理解を促します」

 そして、過去に伝えた内容を思い出させるよう、コミュニケーションでは“問いかけ”に心を砕く。

「本来であれば、こうしなさいと言いきった方が選手は動きやすい。とはいえ、自分で考えてプレーを表現してもらいたいと思っています。そうすることがサッカーの楽しみの1つであるわけですから。

 普段から自立して行動ができるようになるためにも、彼らにとってサッカーというスポーツがあります。問いかけしても答えられない、何を言っているんだろうという表情を見せる選手ももちろんいますが、違った言葉も用いながら問いかけを繰り返します。それでも、プレーの優先順位としてするべきことができていなければ、そこは厳しくはっきり伝えます。その辺りの指示の使い分けは意識的に行っています」(大場監督)

フトゥーロ設立に関わり、現在はコーチを務める小山良隆氏【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
フトゥーロ設立に関わり、現在はコーチを務める小山良隆氏【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

A4用紙80枚超のレポート

 障害特性とそれに合わせた対応や指導の工夫。ただ、その時の状況やコーチングの内容・タイミングによっては、選手が自分を責めてしまう、精神的に不安定になる事態が生まれることも想像できる。メンタルへの対応はどのようにしているのか。

「日常的にコーチが見ていて選手の異変に気づく場面はありますが、それでも見きれない部分は当然あります。ですので『メンタルサポートコーチ』を置き、保護者からも日常生活での悩みや困っていることのヒアリングを行い、得た情報をスタッフ間で共有し注意深く見守る体制を取っています。そうやって選手個人への声掛けの仕方を変えるなどの工夫を凝らすようにしています」(小山氏)

 さらに、選手に起きた問題は、原因の究明からその後の変化の追跡調査、対応の検証などをレポート化。2004年にフトゥーロが活動を開始してから現在まで、メンタルサポートコーチの長田菜美子氏を中心にまとめたその内容は、A4用紙で80枚超という膨大な量に及ぶ。

 こうやって蓄積されたノウハウの意義を、フトゥーロ代表の水上大輔氏はこう語る。

「単にサッカーをコーチングするだけではなく、その中で障害の特性を理解しながら、選手に対して何をどう気をつけなければいけないかを共有し、フォローアップも検証する行動の積み重ねで得た十分な経験値とそれを基にスタッフが手厚いサポートをできている体制は、他のクラブにはないフトゥーロの一番の特徴だと思っています。

 きっとこれからも100%と呼べるものが完成することはなく、都度アップデートを重ねていかなくてはいけないでしょう。それでも、膨大なレポートが示すように、フトゥーロに関わる皆さんがつないできた思いがあるからこそ、私たちは活動を継続できているのだと思います」

 フトゥーロにとってかけがえのない財産と呼べるこのレポートは、近年、発達障害の傾向が見られる子供たちが増えてきた事情もあり、スクールやアカデミーのコーチらも参考にしているという。それでも、参考程度の閲覧を除き他クラブとの積極的な共有は行っていない。小山氏が語る理由からは、選手の障害に向き合う難しさとクラブごとに最適な指導方法を模索する重要性を理解することができる。

「現場の指導者が資料を見て『これが起きた時はこうすればいい』と考えてしてしまうと、問題の本質や個別性といった観点を見失ってしまうのではないか。私はそうした状況を懸念しています。選手とよく向き合ったうえで参考にするのは良いと思いますが、レポートの方法を簡単に採用してしまうのは違うのではないかと考えています」

 フトゥーロだけではなく、全国各地の知的障がい者サッカーチームの指導者やスタッフは日々、障害への理解を深めながらその時々の課題に全力で向き合っているのは間違いない。そんな全身全霊が明日をつないでいる。

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