「1200万円」が招く“Jリーグの格差” 高騰する人件費…重鎮が指摘する「高卒回帰」

鹿島のフットボールアドバイザー鈴木満氏がABC契約撤廃に言及【写真:徳原隆元】
鹿島のフットボールアドバイザー鈴木満氏がABC契約撤廃に言及【写真:徳原隆元】

鹿島の鈴木満フットボールアドバイザー「競合する選手はみんな1200万になる」

 シーズン移行と並び、2026-27シーズンに向けたもう一つの「大改革」。それが、選手の年俸制度の見直し、すなわち「ABC契約の撤廃」だ。鹿島アントラーズのフットボールアドバイザーを務める鈴木満氏は、これがJリーグの勢力図を変える可能性があると指摘する。(取材・文=森雅史)

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「シーズン移行とともに『ABC契約』が撤廃されました。今までC契約は年俸460万円が最高額だったのが、今度は初年度から1200万円まで出せることになったんです」

 C契約とは、高卒または大卒でプロ入りした選手が原則として結ぶ「新人契約」で、年俸は460万円が上限だった。これが撤廃され、初年度からいきなり1200万円の契約が可能になるのだ。

 この衝撃は計り知れない。まず、クラブのスカウト合戦が一変する。「2026年の2月に加入する選手はまだ年俸460万円のままです。ですが次に契約する選手からは最高1200万円までだから、スカウトや強化部のアプローチがこのオフが終わった後から競争が始まるんですよ」

 これまで460万円という横並びのスタートラインだったがゆえに、「育成環境」や「出場機会」で選手を口説いていた側面もある。だが、今後は札束が飛び交う「マネーゲーム」の様相を呈することは必至だ。

 鈴木氏は、この1200万円という数字が、単なる上限ではなく、実質的な最低ラインになると予測する。Jリーグの議論の場では「そこまで出すクラブは一部だ」という楽観論もあったというが、鈴木氏は「そうはならない」と一蹴する。

「議論しているときに、私は『1200万円にしたら、競合する選手はみんな1200万になるし、アンダーカテゴリーの代表選手はみんな1200万円になる』と話をした」

 有望な新人が複数のクラブで競合すれば、その価値は瞬く間に吊り上がり、上限に張り付く。これは市場原理として当然の帰結だ。そして、この「新人年俸の高騰」は、必ず既存の選手たちにも波及する。

「初年度の年俸が上がるということは、既存の選手の年俸も上げなければいけないんですよ。だからやっぱりチームの人件費も絶対増えていきます」

「ルーキーが1200万円なのに、なぜ自分はそれ以下なんだ」。チーム内から不満が噴出するのは目に見えており、結果として、クラブの総人件費は、これまでよりも膨れ上がっていくことが想定される。

 野々村芳和チェアマンは、かねてよりJリーグ全体のレベルを引き上げるための「ビッグクラブ化構想」を掲げ、「差がつく」ことを容認する方針を示してきた。鈴木氏は、このABC契約撤廃こそが、Jリーグに決定的な“格差”をもたらす可能性があると指摘する。

「ABC契約撤廃で人件費がまた高騰して、資金力のあるところと、そうではないところの格差が出てくるでしょうね。世界との競争力、Jリーグの価値向上のためにはJリーグ全体が現状から脱皮することが必要です。もちろん、Jクラブ間の格差拡大の程度によってはネガティブな影響も懸念されるので、経営安定のための人件費拡大のスピード感を見誤らないようにしないといけないと思います」

サッカー界のパスウェイを変える「初年度の年俸1200万円」

 さらに、この「初年度の年俸1200万円」時代の幕開けは、クラブ間の格差を広げるだけでなく、日本サッカーの「選手の進路(パスウェイ)」そのものに変化をおよぼすと予測する。

 鈴木氏が示したデータは衝撃的だ。現在のJリーグにおいて、選手の供給源は、驚くほど大学に偏っている。

「今、新卒がJリーグに入るパスウェイは、高卒が10%もないんです。7%から8%ぐらいです。一方で、大学を卒業した後にJリーグに入る選手の割合は65%ぐらいあるんです」

 実に、Jリーガーの3人に2人は「大卒」という現実。鈴木氏は、この構造が生まれた背景に、1999年に導入されたC契約(新卒の年俸上限460万円)があると分析する。

「ABC契約が1999年からできて、高校卒業してプロ行っても最高年俸が460万円だったら、やっぱり大学行っていろんな経験をして、それからプロになったほうがいいという、だんだんそういう流れになったんですよ」

 高卒でプロになっても年俸は抑えられるのならば、大学で4年間、心身ともに成熟してからプロを目指す方が合理的だ――。この20年間で、そうしたキャリアプランが完全に定着した結果が、「大卒65%」という数字なのだ。

 だが、その大前提が、今、崩れ去ろうとしている。18歳にして年俸1200万円。

「普通のサラリーマンだったら、ちょっとした会社の役員ぐらいになんないともらえないくらいの年俸がもらえる可能性が出てきました」

 このインパクトは絶大だ。「大学で経験を積む」という大義名分は、「高卒で大金を掴む」という現実的な魅力の前には霞んでしまうかもしれない。鈴木氏は、Jリーグ発足当時の高卒優位の時代へ逆行するのではないかと見ている。

「1990年代のように、また高卒が増えて、学卒(大卒)がだんだん減っていく傾向になるのではないかと思います。(Jリーグ発足から)1998年ぐらいまでは高卒が大体50~60%いて、大学卒は10%ぐらいでした。それが今の割合を逆転してまた戻ってくると思いますね」

 そして、この「高卒回帰」の流れを決定的に後押しするのが、Jリーグが導入を進める「U-21 Jリーグ」の存在だ。高卒でプロ入りしてもトップチームの壁は厚く、試合に出られずに燻ってしまうケースは多い。大学進学はその「試合経験」を担保する意味合いも強かった。だが、その受け皿が、Jリーグ内に誕生する。

「『U-21 Jリーグ』はJクラブに入っても、なかなか試合出られないという状況を防ぎます。高卒でプロになっても、試合環境が保証されるのです。大学行かないでも試合経験が積めるし、報酬ももらえます」

「大学に行かなくても、プロとして高いレベルの試合経験が積める」。しかも「年俸1200万円」の可能性まである。この2つが揃えば、選手たちが大学進学を蹴ってプロの世界に飛び込む動機としては、十分すぎるほどだ。

「だから選手のパスウェイもだいぶ変わってくるでしょう。これまで以上にクラブの育成能力が大事になってきますし、そこがどうなっていくかも注意しなければいけないと思っています」

 ABC契約撤廃、U-21リーグの創設という改革が連動し、Jリーグの年齢構成や勢力図も大きく塗り替えられる。まさに「変革のとき」が訪れようとしている。

(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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