シーズン移行で生じる“ねじれ”「対価を払わなきゃ」 重鎮が語る鍵…求められるフロント力

鹿島の鈴木満氏が考える「歪み」の解決方法
2026-27シーズンからの「シーズン移行」というJリーグの大改革は、トップチームのカレンダーだけでなく、高校、大学をはじめとした日本サッカーの育成システムにも大きな影響がある。鹿島アントラーズの重鎮・鈴木満氏は、課題を解決する鍵は「育成」への価値観を変えることにあると指摘する。(取材・文=森雅史)
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本当の「歪み」は、トップチームがシーズン移行した後、春開幕のまま取り残される「アカデミー(育成年代)」と「学校制度」との間に発生する。
「出てくるのは、クラブというよりJリーグで解決しなきゃいけない問題です。シーズン移行しても、アカデミーの4月から11月から12月の初めぐらいまでのシーズンは、学校の問題があって変えられないんです」
トップは8月に開幕し、翌年5月~6月に閉幕する。しかし、ユースやジュニアユース、そしてJリーグの「一大供給源」である大学サッカーは、学校の「学年」に合わせて4月に始まり、12月に終わる。この「ねじれ」が、まず「火種」として噴出するのが、高校生・大学生の「プロ加入時期」だ。
「大学生、高校生のプロへの加入時期をいつにするか。そういうことはまだ決まっていない。基本的には学校を卒業してから入ることになるので、今までどおり2月加入という前提で話はしていますが」
Jリーグ側は当面、学校制度を尊重し「2月加入」を維持する方針だ。だが、これが現場感覚と著しく乖離していると鈴木氏は突きつける。
「選手からすれば、8月から始まるのに2月から加わったらその半年チームに合流していないハンデというのは、後半戦につながります。結局そのシーズンは出られなくなると心配するでしょう」
新チームが8月に始動しても、新卒選手は翌年2月まで合流できない。実に「半年」ものビハインドだ。即戦力として期待される大卒選手も、ルーキーイヤーを棒に振りかねない。
当然、選手側は「8月から合流したい」と思うだろう。だが、ここで分厚い壁が立ちはだかる。
「大学側は、大学リーグをやっているのに途中で抜けるというのは大きな問題だと感じるでしょう。そこをJリーグのシーズンとどう調整していくかという課題があるんです」
この問題に対し、「強化指定選手制度があるから対応できる」という意見もあるだろう。大学に在籍したままJリーグの試合に出場できる制度だ。しかし鈴木氏は「そう簡単ではない」と一蹴する。「強化指定選手制度も、大学側はシーズン途中でいなくなるというのは一緒と考えるはずです」。大学側からすれば、シーズンの佳境に主力を「引き抜かれる」ことに変わりなく、原則として移籍金も入らない。
選手にとっても歪な関係が生まれる。「選手としてみれば、試合に出ているのに何ももらえない」。プロの舞台で結果を出しても、身分は「学生」で報酬はゼロ(※交通費・日当等を除く)。強化指定は、シーズン移行によって恒常的に発生する「半年のギャップ」を埋める根本的な制度設計としては、あまりにも脆弱なのだ。
日本サッカーは育成の対価を軽視してきた
この加入時期のズレという課題の根幹には、プロと大学・高校との「育成」に対する価値観のズレがあると鈴木氏は指摘する。そして、そのズレを解消するための議論が、すでに水面下で始まっていることを明かした。
「今、大学側とJリーグとクラブでその議論をスタートさせています。(シーズン途中でプロ入りさせるなら)移籍金ではないけれど、今でもそのトレーニング費用みたいなものは存在します。そういう部分で、やはりある程度大学側に費用を払って解決する方法を模索しなければいけない」
大学リーグのシーズン途中で有力選手をプロ入りさせるのであれば、相応の「対価」=育成費用を支払う仕組みを作る。これまで日本のサッカー界は、この「育成の対価」をあまりにも軽視してきた。
「今の育成、トレーニング費用みたいなものはすごく安いんです。だから今後は育成に対する対価をしっかり払わなきゃいけない」
この育成費用の安さこそが、日本サッカー界のいびつな構造を生み出している元凶の一つだと鈴木氏は指摘する。有望な若手がJリーグを経由せず、直接ヨーロッパのクラブへ渡る「海外ダイレクト移籍」だ。
「今、日本のルールでは高校を出てJ1クラブに入っても学校は90万円しかもらえないんです。それが海外ダイレクトって言ったら、2000万円とかという金額になるケースがあるんです」
Jクラブが支払う90万円と、海外クラブが支払う2000万円。その差は20倍以上。「学校側が『直接海外に行かせたほうがいい』と考えてもおかしくない。ですから、その格差、あるいはバランスも考えながら、日本のルールを変えていかなければいけないという議論をスタートしようとしています」
昨夏には、慶應義塾大学の塩貝健人が横浜F・マリノスへの加入が内定していながら、最終的にオランダのNECナイメヘンへ移籍したケースがあった。
「たとえば塩貝選手は横浜F・マリノスと仮契約をしていたけれど、海外からのオファーを選んだ。結局仮契約の効力は弱いんですよ」
この“塩貝ケース”は、Jリーグの強化担当者たちに強烈な危機感を植え付けた。どれだけ育てても、「仮契約」ではヨーロッパの草刈り場にされるだけだという現実。その対策は、もはや一つしかない。
「ああいうことを阻止するためには、ちゃんと契約をしておくことが重要です。違約金が取れるっていう状況にしておかないと、アマチュアだったらフリーで持ってかれてしまう。今は16歳以上だったら契約できるので、そこでちゃんと契約をしておくことが大事です」
早期のプロ契約。それこそが、クラブが手塩にかけた才能を守る、唯一の「防波堤」となる。鈴木氏は、この流れがすでにJ1クラブで加速していると明かす。
「今後は、良い選手は高校生でも契約しようという流れになってくるでしょう」
シーズン移行、育成費用の見直し、そして早期契約の加速――。すべての事象が連動し、Jリーグの強化は、かつてないほど複雑で、スピーディーな戦略眼を要求する時代に突入した。
「これまでよりもチーム強化、編成・契約の難易度が上がり、強化責任者、ゼネラルマネージャー(GM)やスポーツダイレクター(SD)の能力が試される時代になってきましたね」
鈴木氏の言葉は、これからの強化責任者たちへの「檄」のようにも聞こえた。
(森雅史 / Masafumi Mori)

森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。





















