スタンドでファンから“肩ポン”「ここもみんな温かい」 J1→再渡欧…原口元気が気づいた「これだよな」

原口元気は今夏ベルギー2部ベールスホットに加入した
原口元気が移籍しなければおそらく僕はこのクラブの存在を知らないままだっただろう。ベルギー2部リーグに足を運んだのは初めて。プレーしている選手は正直一人も知らない。でも、KベールスホットVAの素晴らしいスタジアムの雰囲気にすぐ魅了された。ファンのみんながクラブのためにいる空気感がそこにある。
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取材に応じてくれた原口に「ベルギーでの生活はどうですか?」と話を振ると、原口は「めっちゃ楽しい」とすぐに返してくれた。「具体的にどこが?」と重ねて聞くと、「もう全部」と即答して、こう話をつづけた。
「生活もサッカーも、新しい環境も、新しいリーグも、言葉も、全部ポジティブに捉えながら挑戦できている。毎日充実感があって楽しいですね」
日本と欧州では同じサッカーでも違うスポーツとは、海外経験があるいろんな選手が口にしている。どちらが上かと優劣をつける比較としてではなく、ルールの範疇で身体をぶつけ合うことがスタンダートにあるそれと、接触プレーへの寛容さが異なる日本のそれとは、同じようにプレーするのが困難なほどの違いがあるのは確かだ。
改めてヨーロッパのどこにその魅力、サッカーの面白さみたいなものを感じたのかを原口に尋ねてみた。
「サッカーのスタイルは完全にこっちに染まっているので、日本の感じは難しい部分もあった。こっちに来て1試合目でパッと試合に出て、『あ、なんかこれだよな』みたいな。なんか言葉では説明しにくいんだけど、サッカーのスタイルというか、サッカーの雰囲気的に体になじんでいるものがぱっと出た感じがあったんです。もちろんここはベルギー2部で、レベル的にはJリーグのほうが高いとは思うんですけど、サッカーの雰囲気とか、そのスタイルみたいなのは、やっぱり好きだなと思いますね」
インテンシティの高さ、ハードな競り合い、ギリギリの駆け引き。試合を見に来ているファンもそれを求めている。バチバチと音がする激しい競り合いで選手が倒れても、そう簡単に笛は吹かれない。ホームスタジアムのファンは騒ぎ立てるが、それを合図に試合のボルテージが上がっていくから面白い。
「競り合いにガチっといけるし、ファールにならない。いろんな部分で、生活も人間関係も含めてこっちの方が楽だし、楽しいって感じるのはある。別に日本がよくないとか大変だったってわけではないんだけど、シンプルに合うのはこっちかなと思います」
「ここのファンもみんな温かい」
ベルギーは1部リーグもフィジカルコンタクトにとても寛容というか、ぶつかり合いでほとんどファールをとらない。そして2部ではその傾向がさらに激しい。足場もいいわけではない。それでも戦える選手、立ち向かう選手、乗り越える選手、違いを生み出せる選手が上に行く。
もちろん日本のサッカーには日本のサッカーの良さがある。ファンの空気感や審判の判定基準もそれを生み出す下地だ。スポーツの楽しみ方として素晴らしい文化が間違いなくある。
欧州のそれはまた別の魅力がある。僕の指導者仲間で、プレミアリーグのハダーズフィールド、ブンデスリーガのマインツで監督歴があるヤン・ジーベルトがそれぞれのサッカー文化のあり方についてこんな風に語ってくれたことがある。
「ファンのクラブへのアイデンティティはドイツではものすごく高い。でもイングランドのそれはさらに上だと思う。クラブのために生きているとさえいえる。熱狂的なファンにとって時に宗教のようなもの、聖なるものとさえ受け止められているのがサッカーだ」
ヨーロッパの様々なクラブで、クラブへの愛とともに生きているファンがたくさんいる。ベールスホットもそうだった。
試合前のスタンド裏で隣に座りながら話を聞いていたら、試合に出ると思っていた原口がそこにいることに気づいたファンが、次々によってきては、「どうしたんだ?」「大丈夫か?」と心配そうに話しかけてくる。
原口が「この前の試合で少し怪我をして」「でも重い怪我じゃないから」と返すと、安心したように肩をポンポンとたたいて、「早く復帰してきてくれよ」「君のプレーを見るのが楽しみなんだ」と声をかけて、自分の席へまた歩き出していく。
そんなファンの後姿を見ながら原口が、ふとつぶやいた。
「ここのファンもみんな温かい」
ベルギー2部は、日本のサッカーファンからしたら、たいして注目もされない環境なのかもしれない。でもここにはこのクラブの試合を楽しみに集まるファンがたくさんいるのだ。ベールスホットのクラブグッズを身にまとい、クラブカラーのスーツでビシッときめた老紳士が真剣な表情で座っている。クラブを愛し、クラブを愛することを誇りに思っている人がそうやってスタジアムに集まってくる。1部だから、2部だからではない。そうやって何十年も変わらずクラブを愛し続けてきたのだろう。時代を超えて、そんなファンの思いがギュッと詰まったスタジアムに醸しだされる雰囲気には、たまらないものがある。そこでプレーする選手が感じるのは、また特別なものがあるはずだ。
原口はベルギーの地でサッカーのすばらしさを噛みしめながら、今日も元気にピッチを駆け回っている。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。













