プロ選手と大学助教の“二刀流” 40歳超えても成長…原点は「学び」

三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢【写真:増田美咲】
三菱重工浦和レッズレディースの安藤梢【写真:増田美咲】

博士号を取得 助教への誘いに驚いたが挑戦をすることに

 WEリーグの三菱重工浦和レッズレディースでプレーするFW安藤梢は、現役選手としてピッチに立つ一方、筑波大学の助教として教壇に立つ“二刀流”の道を歩んでいる。博士号を取得し、教育者としても挑戦を続ける彼女の原動力は「学び」。その異例のキャリアの裏側には、どんな思いと努力があるのかを「FOOTBALL ZONE」の独占インタビューで明かした。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・砂坂美紀/全3回の3回目)

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 WEリーグの三菱重工浦和レッズレディースでプレーするFW安藤梢は、2018年に筑波大で博士号を取得。2021年から筑波大の助教として教鞭をとっている。二足の草鞋を履く彼女は、一体どんな経緯から教員となったのだろうか。

「筑波大で博士号を取得することが1つの目標でした。(在学中の7年半)ドイツでプレーしていたのもあって、時間がかかったのですが、無事に取得できました。博士号取得によって、大学教員という可能性もみえてきました。競技との両立には不安もありましたが、選手としての活動を続けながら、自分の学びや経験を学生に伝えられることに大きな意義を感じ、挑戦してみたいと思うようになりました」

 現在は、大学と大学院の両方で教壇に立っている。受け持っている授業は主にプロスポーツマネジメント論やトップスポーツ論、サッカーなどだ。

「大学側からは、『トップでプレーしていることを学生たちに還元して欲しい』と言ってもらえています。選手として競技を続ける良さを、ポジティブに自分の強みとして、指導させてもらっているのはすごくありがたいですね。でも、周りにそんな先生がいないから、不安になる時もありますけど(笑)」

 プロサッカー選手、大学の教員、どちらも両立することは並大抵のことではない。毎日スケジュールをパズルのように組み立てて生活し、茨城県つくば市と東京にあるキャンパスに通っている。

「現役としてのスケジュールと並行して授業を行う中で、先生方に日程を調整していただくこともあり協力していただいています。1人じゃ何もできないですから。みんなに支えてもらって、こういうスタイルでもやらせてもらっているのは、すごくありがたいです」

クラブ側と大学側が密に連絡を取り合いながら、本人とともに予定管理をしているという。「大学とクラブいろんな方に協力と応援をしてもらっているおかげです」と、安藤は周囲のサポートに感謝の気持ちで過ごしている。

忙しすぎる日々も工夫で乗り切る 海外遠征の地からオンラインで授業

 プロサッカー選手と大学助教の二刀流。寸暇を惜しんで日々を過ごしている。早朝から埼玉県さいたま市でチーム練習後、移動して授業と前後の準備、論文の作成などスケジュールがびっしりと詰まっている。トレーニングと同じくらい栄養面と休息を大事にしている安藤は、「工夫をして過ごしていますよ」と涼し気な表情をする。

「練習後すぐには、仕事をするために頭が回らないので、食事をしっかり摂っています。疲れたときは15~30分くらい横になって休息をとっています。だから大丈夫です。身体と頭は使うところが違うので」

 朝8時の練習から、午後9時に授業が終了する時もある。身体のケアや個人トレーニング、それに試合の遠征も加わると、もはや異次元の忙しさだ。

「学生とのミーティングも『先生は忙しいからこの時間でいいですよ』とこちらに合わせてくれて、申し訳ないけどありがたく思っています。授業やゼミをオンラインでやることもありますよ。AWCC(AFCアジア女子クラブ選手権)のため、タイで試合をした時もオンラインで授業を現地からやりました」

 教員を続けることで、「選手生活のプラスになっている」と安藤は力説する。

「自分が教員になるなんて想像をしていなかったのですが、やってみると自分が学ぶことの方が多いですね。それは、学生から学ぶことだったり、学生がする研究だったり、一緒になって自分も学ばせてもらっています」

 安藤は筑波大学体育専門学群に入学。大学院では測定評価学の西嶋尚彦教授の研究室に身を置き、サッカー選手として成長と研究することがベースにあった。教員として、今はさまざまな競技や学生と触れる機会がある。

「私はずっとサッカーの研究をメインにしてやってきましたが、ラグビーやテニス、バスケットボールなど、違うスポーツの研究をする学生がいて、それを論文として作り上げるために指導する時に、自分もいろいろ調べて学生と一緒になって研究を進めるんです。そうすると、違う角度から、他競技から学べることがあって気づきが多いんです」

 40歳を超えても進化を遂げる安藤の原動力になったのは、やはり大学での「学び」なのだという。

「大学では私の専門とは全く違う、ヘルス(健康)分野の研究をする人もいて、自分が担当しなくても、そういう発表を聞くと、いろんな角度から、いろんな考え方を学べて、それが意外とサッカーと結びついてくるもので。そこから、プレーの幅が広がったし、サッカーに向き合う姿勢にも活かされて、逆にそこから選手として伸びて、WEリーグでベストイレブンやMVPに選ばれたんです。2つのことを両立してから、また成長しているのは、自分もちょっと不思議な感覚がありました」

仲間や教え子は世界中で活躍 他競技の選手にもサッカーを教える

 筑波大学でともに学んだ仲間や教え子は今や国内外で活躍中だ。なでしこジャパンのDF熊谷紗希(ロンドン・シティ)をはじめ、MF猶本光(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)、DF南萌華(ブライトン)、MF長野風花(リバプール)、FW清家貴子(ブライトン)らは、それぞれの舞台でプレーを続けている。

「彼女たちがやっていた研究も、一緒に学ばせてもらったので、『研究の成果が出ているな』と思いながら見ていますよ」

 卒論指導を担当した学生で元ジェフ千葉レディースのF W千葉玲海菜(現在アイントラハト・フランクフルト)とは、WEリーグで対戦してマッチアップすることもあった。

「あんまり意識しないようにしてはいましたけど、無理ですよね。彼女の活躍をいつも応援していますが、DFでプレーしていたときは、『絶対抜かせないぞ』と思ってやっていました(笑)」

 ともになでしこジャパンのメンバーとして2011年のW杯で世界一になったDF鮫島彩は、大学院で指導教員として修士論文を指導した。

「彼女は女子サッカーの発展に強い思いをもって『WEリーグスタジアム観戦者の特性』について研究していました。WEリーグや日本の女子サッカーを盛り上げるために力を発揮してくれるはずです」

 教え子たちもバラエティ豊かで、刺激が多い。受け持っているサッカーの授業には、スポーツクライミング女子複合でパリ五輪4位の森秋彩(もりあい)もいる。「競技は違いますがトップアスリートだけに、運動センスがいいですね。でも、サッカーで怪我をさせないように気を付けています」と安藤は笑顔で語る。

 クラブでは最年長の安藤だが、大学では42歳の教員は若い方だ。「そのギャップが面白いところですよね。大学では、教員用の施設に入館しようとすると、警備員さんに『そっちは違うよ。学生はこっちだよ』と、止められてしまうこともあります(笑)」と嬉しそうに話す。

 大学では若手として、サッカー界ではベテランとして、まだまだ取り組みたいことが多くあり、歩みを止めることはない。未来への希望を胸に、彼女は今日も新しいチャレンジを続けている。

(砂坂美紀 / Miki Sunasaka)



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