異例の「監督にモノ申す」 韓国に根強く残る“先輩後輩”文化…日本人コーチが語る壁

吉田達磨氏は戦術コーチとして昨季途中から就任
“日本人初の戦術コーチ”としてKリーグで再出発した吉田達磨氏(大田ハナシチズン)。就任から1年が経過し、戦術コーチの役割や手応え、ファン・ソンホン監督との関係を聞いた。(取材・文=元川悦子/全6回の2回目)
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2025年Kリーグ1部では24試合終了時点で3位。首位を走る全北限代とは勝ち点15差と広がりつつあるが、残留争いに巻き込まれた昨季に比べるとかなり状況はいいようだ。
「僕が監督のファン・ソンホンから求められているのは戦術全般。攻撃のストラクチャー、全体像を作ったりするのがメインです。
僕が来た1年前の大田はかなり厳しい状況で、2部に降格の危機に瀕していました。2023年8月に徳島ヴォルティスへ行った時と状況が似ていたので、『とにかく考えられるアイディアをいろいろやろう』という感じで、監督に数多くの提案をしました。
韓国の場合、『先輩後輩』の文化が伝統的にあります。選手間ではかなり薄れてきている部分もありますが、それでも年齢の壁はとても高いと感じます。
だからこそ、『監督にモノ申す』というのは非常にハードルの高いこと。年齢的にもファンさんが僕より6つ上ですし、普通なら言えない関係性なんでしょうけど、僕は外国人コーチですし、監督の決断の材料となるものであれば、基本、意見を言うようにはしています。ファンさんもリスペクトを持って聞いてくれるので、すごく仕事がやりやすい。昨季のレギュラーシーズンは下から2番目の11位でしたが、下位プレーオフで2位に入り、残留を果たせたので、ホッとしました。
そんな昨季とは違い、今季は比較的いいスタートを切れたので、上位を走ることができています。ただ、勝ち点差があまりないので、まだまだどうなるか分からない。少しでも上を目指せるように、いい状態を維持していきたいと思っています」
今季の大田は7月に韓国で行われたEAFF E-1選手権に韓国代表として出場していたFWチュ・ミンギュ、右ウイングバック(WB)のキム・ムンファンらに加え、Jリーグのガンバ大阪やFC東京でプレーしたDFオ・ジェソク、日本人の助っ人FW石田雅俊らがいる。
「マサ(石田)は“コリアンドリーム”を地で行った選手。Kリーグでは2部の安山(グリナーズ)からスタートして、2部の水原FC、1部の江原FC、大田と4チームでプレーした経験があり、力強いプレースタイルが強み。非常に頼もしいですね。まだ今季は2ゴールと数字的には物足りないところはありますけど、前線で起点になるいい仕事をしています。
メンタル的にも天然というのか、いい意味であまり周りを気にしない(笑)。どん底を見てきた分、タフさもある。僕が大田に行く少し前にジュビロ磐田から復帰しましたけど、かなりいい待遇で迎えられていますし、周りからリスペクトされていますね。
Kリーグでは、全北現代、蔚山HD、FCソウル、大田が“トップ4”という位置づけ。大田はハナ銀行がメインスポンサーなので、恵まれたクラブの1つです。そういうところに在籍している選手は年俸ももちろん高い。サラリーキャップ制を導入していて年俸上限があるようですけど、一部のトップ選手は億単位に近い条件でプレーしていると思います」と吉田氏は同じ日本からやってきた1人のプレーヤーの成功を自分のことのように喜んでいる。
吉田氏を支える“通訳”
石田や日本語堪能なオ・ジェソクらが周りにいて、ファン・ソンホン監督も多少の日本語は理解できるが、やはり戦術に関する細かいディスカッションをする仕事ということもあって吉田氏には通訳がついている。そういうサポートを借りながら、自らの考えをチームに還元しているのだという。
「シンガポール代表監督の時は最初だけ通訳がいたんですが、途中からは間に入って意思疎通を図れるコーチングスタッフを入れて、選手とコミュニケーションを取るようにしていました。
ですが、英語と韓国語はやはり難易度が違いますよね。今は山梨学院大学に留学経験があって、栃木SCやザスパ群馬でも働いたことがあるキム・ミンヒョクというスタッフが基本的に僕についてくれています。彼は山梨に4年住んでいて、僕もヴァンフォーレ甲府で2度監督をしていたので、共通の話題もありますし、日本語も堪能。韓国の場合、そういう人材が近くにいないと仕事をするのは難しいと思います。
普段の練習でも僕が何回かセッションを持つことがありますし、ミーティングでも細かいタスクや約束事を説明しなければいけない。そこは通訳がいないと伝わらない部分。自分もより分かりやすく話すようにはしています」と現地での苦労を明かす。
彼の話に選手たちも真剣に耳を傾けているようだが、トレーニングの取り組み方は日本人とは少し違いがあるという。日本人は「練習も試合も100%」という考え方だが、韓国の場合は「練習で少し力を抜いても、試合で120%を出せばいい」という考え方。それは欧米やアフリカ勢の取り組み方に近いと言っていい。
「韓国人選手は少し西寄りというか、試合になると一気に力を出す選手もいるので、それはそれで新鮮です。それに彼らは僕の言うことに1つ1つ返事をキッチリする。兵役もあるせいか、そういう姿勢の部分は叩き込まれている印象です。
大田の選手はみんな性格がいいし、一生懸命取り組んでくれている。マサやジェソク、昨季は元ガンバ大阪のチュ・セジョン(光州FC)もいたんで、助けられたのは確か。韓国に来てよかったと思いますし、やりがいを感じています」
自分の積み上げてきたキャリアを、敬意をもって受け入れてくれる環境で、吉田氏は着実に進化を遂げている様子だ。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。





















