英国で横断幕は「必要に迫られる」 Jリーグと特徴に大きな違い…主張が過激でも守られるルール

シティ本拠地で掲げられたRyukiさんの作品【写真:本人提供】
シティ本拠地で掲げられたRyukiさんの作品【写真:本人提供】

日英ビジュアルサポート論

 都内在住の会社員であるRyukiさんは、本業の傍ら、イングランドが誇る名門マンチェスター・シティの横断幕をデザインしている。これまでシティの日本ツアーやプレミアリーグ、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)で掲出された5つの作品を手がけてきた。そうした制作活動のなかで感じた日英における横断幕の違いとは。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全2回の2回目)

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 2023年に行われたシティの日本ツアーで掲出された横断幕をデザインしたのを機に、現地マンチェスターの関係者とコネクションを構築することに成功したRyukiさん。以来、CLレアル・マドリード戦でのMFロドリにフィーチャーした作品や、ジョゼップ・グアルディオラ監督の契約延長を懇願したバナーなどを手がけ、大きな話題となってきた。

 プレミアクラブの横断幕制作を通じて、Jリーグとの違いにも精通してきたはずである。日英両国の間でどのように特徴が異なると考えているのか。

「プレミアリーグのスタジアムに掲げられるバナーは、クラブカラーを基調にエンブレムや愛称を最小限で配置し、太めのサンセリフ体(簡易な字形)を用いて遠距離からでも判読しやすい工夫を施すのが一般的です。背景は単色、装飾も控えめで、視認性とメッセージ伝達を最優先にデザインされています。

 対照的にJリーグでは表現の自由度が高く、クラブカラーに加えて地元のランドマークやマスコットキャラクターをイラストとして組み込み、フォントもゴシック体・明朝体・筆文字・手書き風と幅広く採用されています。四字熟語や応援歌の歌詞を長文でレイアウトするケースも珍しくありません」

 Jリーグは開幕からまだ30年余りの歴史しかない。欧州と比べ後発のプロリーグである分、横断幕1つとっても慣例に縛られず、自由に発展させる素地が多く残されていたということなのだろうか。この考えに対し、Ryukiさんは日英における社会の成り立ちの違いが大きく関係していると指摘する。

「イングランドの横断幕がシンプルなのは、階級文化が社会に広く根付いているからだと思います。クラブカラーや地域旗が『誇りの象徴』として機能しており、バナーを通してチームの歴史や地元のプライドなどを全面に表現したいという考えにつながっているんです。もちろん、プレミアリーグでもプレーヤーを後押しする発想はありますが、Jリーグのように特定の選手に向けた作品数はそこまで多くありません。かたや、相手チームを煽る挑発的な言葉や政治・社会問題に対するメッセージがよく見られるのは日本との大きな違いと言えます」

イングランドのスタジアムでは横断幕を掲げられる時間に制限がある【写真:本人提供】
イングランドのスタジアムでは横断幕を掲げられる時間に制限がある【写真:本人提供】

英スタジアムでは「短い時間で分かりやすく伝える必要に迫られる」

 さらに、スタジアムにおける“規制”も視認性やメッセージ伝達が優先される要因となっている。こちらは文化的な背景以上により直接的だ。

「イングランドのスタジアムで横断幕を出していい時間帯は、選手入場の前後数分間に限られているんです。加えて、観客席の前やピッチを囲うように設置されているLEDビジョンにはスポンサーが表示されるので、横断幕で隠されることがあってはなりません。Jリーグだと試合中ずっと横断幕が掲出されていますが、これは観客席とピッチの間の高さやピッチまでのスペースなど、スタジアムの構造上の違いでスポンサー表示に影響が少ないからでしょう。

 なので、イングランドで見られるバナーがシンプルなのは、こうした規制がある分、短い時間で分かりやすくメッセージを伝える必要に迫られているからだと推察します。とはいえ、どれだけ過激なことを主張したとしても、英国のサポーターがこうした節度をしっかり守る点は面白いですよね」

2023年のACL決勝第2戦で話題になった横断幕「URAWA AIR」【写真:徳原隆元】
2023年のACL決勝第2戦で話題になった横断幕「URAWA AIR」【写真:徳原隆元】

最も印象に残ったJリーグクラブの横断幕

 イングランドとは対照的に、日本サッカー界の横断幕は自由な発想の下、独自の発展を遂げてきたと言える。デザイナーの観点から、Jクラブの作品で特に目を奪われたものがあれば教えてほしい。そう尋ねると、Ryukiさんは2023年5月6日に埼玉スタジアムで行われたAFCチャンピオンズリーグ決勝第2戦・浦和レッズ対アル・ヒラル(サウジアラビア)の「URAWA AIR」を挙げた。

 これはクラブカラーの赤で染まった観客席に「URAWA AIR」と書かれた巨大な飛行機の横断幕が登場し、バックスタンドをゆっくりと横断していくという演出が施されたもの。1次リーグが行われたブリーラム(タイ)から決勝第1戦の舞台リヤド(サウジアラビア)を経由し、アジア制覇、世界へとクラブが向かっていく様子が表現されている。

 実際にスタジアムでこの横断幕を見たというRyukiさんは、「満員の埼玉スタジアムという巨大な規模で飛行機の横断幕を動かすアイデアがちょっと信じられないですよね……」と興奮を隠せない様子で当時を振り返る。本人曰く、その後「動画で何回も見ました」とのことだ。

 もちろん、「URAWA AIR」以外にも日本サッカー界ではサポーターの思いが反映された力作が数々誕生してきたのは言うまでもない。そんな日本ならではの多様性と自由な発想が英国へと渡り現地のシンプルな良さと組み合わされば、「ものすごく良い横断幕ができると思います」とRyukiさん。海外が日本の横断幕を参考にすべきと考えるほど、「Jリーグではそれだけエンターテインメントが発達してきました」と力説する。

文化・アート面から日本サッカー界を盛り上げるためのアイデア

 では、反対に文化・アートの面からも日本サッカー界を盛り上げるべく海外から学べるアイデアはあるのだろうか。Ryukiさんは「サポーター1人1人の創造性を後押しする環境づくりが重要だと感じます」としたうえで、マンチェスター・シティの公式チャリティ団体「City in the Community(CITC)」の活動を参考例として挙げる。

 CITCでは、子供に夢や自信を与えることを目的に、地元小学校の児童にマッチデープログラムに掲載するイラストを描く機会を提供してきた。このような海外の活動を踏まえ、日本での理想をこう考える。

「子供の頃からフラッグや横断幕のデザインを考える機会があれば素敵ですし、コンテストなどの企画をJリーグクラブが用意してあげてもいいですよね。そうすれば、多様な表現を育む土壌が作れると思います」

 スタジアムを彩る横断幕が競技力向上へ直接的に寄与することはないだろう。それでも、ファンのための裾野をいかに広く用意すべきかを考えることは、この国のサッカーの発展と無関係ではないはずだ。

(FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治 / Ryoji Yamauchi)



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