なでしこ逸材が米国に挑戦した訳 「世界で活躍していた」…追いかけるレジェンドOGの背中

なでしこジャパンFW松窪真心がオンライン取材に対応
女子サッカーの米国ノースカロライナ・カレッジ所属で、昨年10月からなでしこジャパンに選出されているFW松窪真心がオンラインで取材に対応。代表活動について「選ばれなかったときよりも高い意識で生活できたと思う」とし、海外生活のことなども話した。
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鹿児島県出身で兄の影響でサッカーを始めたという松窪は、中学から日本サッカー協会(JFA)が運営するJFAアカデミーへ進んだ。高校卒業前の22年秋からWEリーグのマイナビ仙台レディースでプレーし、23年夏には米国移籍している。これまでアンダー世代から日本女子サッカー期待の才能と見込まれ、U-20女子ワールドカップ(W杯)に”飛び級”も含め2回出場。なでしこジャパンでは昨秋の初招集を経て、ニルス・ニールセン監督が就任して初の国際大会になった今年2月のシービリーブズ杯でデビューした。
昨年夏のU-20女子W杯ではチームのエースとして期待されたが、現地での遅れた合流になったコロンビア開催で「標高の高さに苦戦してしまった」と、コンディションを上げるのに苦労した。決勝では北朝鮮に0-1で敗戦し「本当に悔しかった。その前の大会はあまり試合に絡めなかったし、スペインが強すぎて何もできなかった。前回は自分の代だったのもあるし、本当にあと少しで、あと少しが足りなかった。あまり成長できてなかったのかなとか、いろいろと考えさせられた」というものになったという。
それだけに「最初に招集された10月からは、なでしこジャパンがより近い目標になった。兆しが見えたからこそ、もっと頑張りたいと思った。U-20女子W杯が終わって悔しい思いをしてすぐに呼ばれたのは、それを忘れないまま行けて、いろいろなことも知ることができたので、なでしこジャパンに入りたいという思いがもっと強くなった。選ばれなかったときよりも高い意識で生活できたと思う」と、自身にとっても思いを強める時期になったようだ。
米国への移籍後は成長を実感
一方で、まだ20歳の松窪にとっては初の海外生活でもある。移籍の決断を「とにかく強度の高いところでやりたかった。行くって決めてフラッと行った感じだった」としたが、言葉の部分はまだまだとのことで「カフェのオーダーがすぐできるようになって嬉しかった。でも、いまだにスーパーではどんなにたくさん買ってもセルフレジを使っちゃいますね」と笑う。それでも「住めば何となく生活できるし、言葉があまり分からないからこそ、ゴチャゴチャした人間関係に巻き込まれなくていいかもしれない」とも話した。
米国への移籍後、「よりタイミングとポジショニングに気を使うようになった」とプレーでの変化を話した松窪だが、相手ボール時には果敢なプレスを仕掛けるのも持ち味。「現代サッカーだとハイプレスがいいと言われるので、自分の特徴を生かせるサッカー。ニルスさんも前から追っていきたいサッカーなので、それがフィットして良かった」と、成長を感じながら過ごしている。
攻撃的なポジションで万能性のあるプレーを見せる松窪は、「目指してる人とかは特にないけど、岩渕真奈さんは小柄だと思うけど世界で活躍していたし、日本を代表して引っ張っていたので、そういうプレーヤーになりたい」と、23年に引退した代表通算89試合36得点のアタッカーの名前を挙げた。再び世界の頂点に立つことを目指す日本女子サッカーにおいて、アメリカで成長を続ける松窪は次世代のエースとして期待される。
(轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada)