JFA宮本会長の「ウルトラC」炸裂 チャーター便、長谷部コーチ招聘…”費用負担”増もA代表に懸ける訳【コラム】

宮本恒靖会長が最大級のサポート体制を約束【写真:産経新聞社】
宮本恒靖会長が最大級のサポート体制を約束【写真:産経新聞社】

長谷部誠コーチの招聘はサプライズ人事だった

 9月5日の中国戦から2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選をスタートさせる日本代表。ご存知の通り、2018年ロシア、2022年カタール両W杯の最終予選初戦ではUAE、オマーンに敗れており、3度続けて同じミスを犯すわけにはいかないのだ。

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 前回指揮を執った森保一監督も警戒心をマックスに引き上げている。中国を率いるのが、前回オマーン代表監督として日本の前に立ちはだかったブランコ・イバンコビッチ監督なのだから、ナーバスになるのも頷ける。

「前回もメチャクチャ守備を対策されて。攻撃が何もできなかった部分もあった。あと、コンディションも相手は1~2か月合宿やってすごく整っていて、後半もカウンターで危ないシーンが沢山あった。厄介だった印象が強い。今回も同じような形で日本対策してくるんじゃないかと思いますね」と、5度目のW杯最終予選に挑む長友佑都(FC東京)も厳しい表情を浮かべていた。この難敵を撃破してこそ、2年後のW杯優勝という大目標への道が開けてくるのだ。

 3月に就任した日本サッカー協会(JFA)の宮本恒靖会長も最大級のサポート体制を約束している。2002年日韓、2006年ドイツW杯でキャプテンマークを巻いたレジェンド会長は、2日の合宿初日の集合時にいきなりチーム全員に熱っぽく語りかけていた。

 前任の田嶋幸三会長も試合会場で森保監督や選手たちに言葉をかけることがよくあったが、練習初日のミーティング参加することは皆無に近かっただけに、印象的なシーンに映った。

「森保さんとは年齢も近いし、直接話すことはありますよ。(トルシエジャパンで共闘した)名波(浩)さんとかもいるし、距離感は近いですよ」と宮本会長は筆者に笑顔を見せていたが、「元代表キャプテンの会長」として、自身の経験をすべて注ぎ込もうとしていることが色濃く窺える。

 その最初の一手と言えるのが、長谷部誠コーチの招聘。森保監督が自ら「スタッフに加わってほしい」という意向を示し、EURO(欧州選手権)2024の現場で本人と実際に話したうえで、JFAが細部を詰める形で実現したというが、フランクフルトU-21で指導し始めたばかりの彼をインターナショナルウイーク(IW)のたびに帯同させるというのはまさに“ウルトラC”。JFAとしては、年回5~6回の活動時の移動費・宿泊費はもちろん、年俸の一部も負担しなければならないはずだ。「そういう数々の負担をしても、森保監督や現場の意向を叶えたい」とJFAのトップが考えなければ、こんな異例の人事が実現するわけがない。

 宮本会長と長谷部コーチが代表でプレーしたのは、ドイツW杯直前の2006年2月のアメリカ遠征1回だけ。それでも宮本会長は長谷部というプレーヤーのポテンシャルの高さを大いに認めていたという。その後、代表キャプテンになってからの人格や統率力にも大いに敬意を払っていた。元「日の丸主将」同士の2人には理解し合える部分も少なくない。だからこそ、「日本がさらなる高みを目指すうえで、ハセの存在は必要」と判断したのではないか。

 本格的な長谷部効果はここからだが、94年アメリカW杯予選経験者の森保監督、98年フランスW杯予選経験者の名波、斉藤俊秀両コーチ、ドイツW杯予選経験者の宮本会長、2010年南アフリカW杯予選経験者の前田遼一コーチ、そして2018年W杯まで3大会のチームをけん引した長谷部コーチと、日本代表の約30年間の歩みをコーチチングスタッフが幅広くカバーできる体制が整ったのは確か。あらゆる困難が訪れても、全員の英知を結集すれば乗り切れる。そういう意味でも、長谷部コーチの存在感に期待したいところだ。

 一方で、中国戦に向け、欧州組をいち早く帰国させるため、ベルギーのリエージュからチャーター便を手配したのも、宮本会長の試みの1つ。「重要な最終予選初戦はできるだけ早く全員が集まって一体感を作ることが必要不可欠」だという信念があるからこそ、費用負担増を決断したのだろう。

 コロナ禍の財政難で東京都文京区のJFAハウス売却という苦肉の策を講じたJFAは今、そこまで財政的に潤沢ではない。少子化もあり、未来のための投資もしなければならない時期だ。それでも、宮本会長の中には「A代表が勝ってこそ、日本サッカーが盛り上がる」という信念がある。それが「勝つためにやれることは全てやる」という強い意志につながっていると言っていい。

長谷部誠コーチがチームに加わった【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
長谷部誠コーチがチームに加わった【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

通常より1日長く練習時間を確保できた

 あいにく堂安律(フライブルク)だけは悪天候の影響でチャーター便に乗れなかったというが、3日朝には日本に到着。27人全員が揃って2日間トレーニングを消化して、本番に臨めるのは朗報だ。前回のような「全員のコンディション・メンタル面のバラつき」は最小限に抑えられるに違いない。加えて言うと、中国戦後のバーレーン移動もチャーター便移動。効率や現地適応を最優先に考えた対応は選手たちも有難いだろう。

 試合前の練習場所にも変化が見られる。今回の中国戦前の日本代表は、2日前から会場である埼玉スタジアム周辺で練習を行っているのだ。2020年に高円宮記念JFA夢フィールドができてからというもの、会場での調整は前日のみというのがルーティンになっていたが、「できるだけ埼玉で雑音をシャットアウトして意思統一を図りたい」という狙いから、そうなったのではないか。

 この変更に宮本会長の意向がどの程度、反映されているかは分からないが、ジーコジャパン時代に大半の練習・試合をこなしていた埼玉は、彼にとってもホームのような愛着はあるのは確か。選手たちもより本番に近い雰囲気の中でトレーニングした方が士気向上、闘争心アップにもつながる。

「自分は満員の埼玉で代表戦を戦ったことがないのですごく楽しみ」と前回経験者の田中碧(リーズ)も話していたが、コロナ禍に代表入りした今の東京五輪世代は“聖地”埼玉のアドバンテージを知り尽くしていないのかもしれない。そのあたりを宮本会長、長谷部コーチらがしっかりと伝えていってくれれば、次こそは失敗しない試合ができるのではないか。キャプテン遠藤航(リバプール)中心にスキを作らない準備・本番の戦いを見せてもらいたいものである。

 いずれにしても、「現場スタッフに近いトップ」が加わったことで、日本代表がよりストレスのない環境で戦えるようになるのは事実。その追い風を受け、中国戦を白星発進し、今回こそは「アジアで苦しまずに勝てる日本」を示すこと。宮本会長の切なる願いを選手たちには現実にしてほしい。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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