開幕前はJ1優勝候補も…沈んだ名門 前年王者と明暗くっきり、力技に委ね“アイデア欠如”【コラム】

横浜FMから2ゴールを奪った神戸・武藤嘉紀【写真:徳原隆元】
横浜FMから2ゴールを奪った神戸・武藤嘉紀【写真:徳原隆元】

【カメラマンの目】横浜FM対神戸の一戦で見えたチーム完成度の差

 J1リーグ第26節で対戦した横浜F・マリノスとヴィッセル神戸は、近年の好成績から今シーズンも優勝争いの主役になると考えていた。

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 リーグ戦も折り返しを過ぎ、神戸は昨年同様の堅固な守備と素早いカウンター攻撃でゴールを目指すスタイルが健在で、シーズン前の予想どおり2連覇を狙える上位をキープしている。

 横浜FMはリーグ開幕を前にした宮崎でのトレーニングマッチを取材したが、この時目に留まったのがアンデルソン・ロペスとヤン・マテウス。身体が絞られていてシーズンを戦うコンディションがしっかりと整えられており、彼らを中心とした充実の戦力を誇る横浜FMは、当然だが優勝候補の一角であると見ていた。

 しかし、いざシーズンが始まってみると、その充実した戦力の能力を存分に引き出すことができず、リーグ戦と並行して戦ったAFCチャンピオンズリーグによる過密日程に伴う選手の疲労などもあり、J1の舞台では低空飛行が続く。結果、シーズン途中での監督交代となる状況まで追い込まれることになる。

 昨年、リーグの覇権を賭けて戦った両チームは、明暗を分ける状況での対戦となり、勝敗はここまでの順位が順当であるように、武藤嘉紀の2ゴールで神戸が勝利した。

 横浜FMが標榜するスタイルは、2018年に指揮官に就任したアンジェ・ポステコグルーが示し、そこから続くアタッキング・フットボールがチームの基幹となっている。ハイプレスとハイラインで相手の動きを封じ、サイド攻撃と多彩なパスワークでゴールを目指すスタイルがそれである。

 昨シーズンまで指揮を執っていたケヴィン・マスカットは、前任者が構築したチームのコンセプトを就任当初は継承し、ピッチでの表現に全力を尽くした。しかし、徐々に勝利に向けたチーム戦術と個人技のバランスが、より選手の能力へと委ねられるように変化していくことになる。

 相手の守備に狙われやすいボール保持の時間を短くし、能力の高いFWの個人技に依存するようになっていった。ショートパスの連続による崩しが減り、ロングキックと前線の選手の能力で攻めることが増えたが、攻撃的な姿勢は生き続けていた。

 そして、新たに指揮官に迎えられたハリー・キューウェルも、形を変えながらもアタッキング・フットボールの理念に基づく、これまでの攻撃サッカーを貫く姿勢を見せる。ブラジル人トリオを軸とした3トップと、中盤の構成を逆三角形にする攻撃的なフォーメーションで国内とアジアの戦いに臨んでいく。

 しかし、対戦相手の研究と戦術が重視される現代サッカーでは、単純に攻撃を得意とする選手を多く投入し、前掛かりの布陣で臨んだだけではその思いは成就しない。90分間を攻め続けることは不可能であるし、攻撃を重視するにしても、今の時代は守備の安定とDF陣との連動は必至になる。

 勝利するための戦術に絶対はないのだから、ライバルたちの戦い方やその時のトレンドに応じて、細部を変化させることは決して悪いことではない。だが、概要だけを捉えて、それらしいサッカーを継承することは、選手たちの戦い方への統一した意識や勝利への渇望を欠落させ、もっともチームに悪影響を及ぼす。ハリー・キューウェルの失敗はアタッキング・フットボールの意味を誤認し、ただ力任せの攻撃サッカーを繰り返してしまったところにある。

得点チャンスへの集中力が「流石」だった神戸

 コーチとしてそうした状況をベンチから見ていたジョン・ハッチンソンは、チーム再建の一手として攻守の安定を重視し、ミッドフィールドの構成を三角形にする。この対神戸戦では選手たちの守備意識も改めて高まったように感じられた。

 神戸には大迫勇也、武藤嘉紀、そしてドリブルで果敢に仕掛けてくるジェアン・パトリッキという危険なアタッカーが揃っているため、彼らにマンマークで対応していく。横浜FM守備陣の要であるエドゥアルドは相手エースの大迫を厳しくマークした。

 自由を奪われた大迫は怒りの感情を露わにすることもあり、横浜FMの守備陣との駆け引きに手こずっているようだった。

 ただ、神戸の攻撃陣は激しいマークに晒されても、ときに冷静さを失っても、得点チャンスへの集中力は流石としか言いようがないほどしたたかだった。

 神戸は守備面でも優勝を果たした昨年と変わらず、横浜FM自慢の攻撃陣に対してときに二重、三重のマークで対応した。劣勢となった終盤は守る時間が長くなったが、ゴール中央を固めることで、攻めている横浜FMがボールを持たされている、手詰まりの状態へと追い込む試合巧者ぶりを発揮した。

 横浜FMにしてみれば、残り時間も少なくスコアで劣勢となっていれば、攻撃的な選手を次々と投入するのは定石だ。だが、その攻略の仕方が個人の力技に委ねられていて、チームとしてのアイデアを欠いていたことは否めない。攻撃の選手をピッチに送り込むだけでゴール攻略の意識が統一されていなければ突破口は開けず、トリコロールのチームが掲げるアタッキング・フットボールを表現することはできない。

 ジョン・ハッチンソン監督には、ハイレベルな集団である自チームの能力を最大限に引き出す方法を見つけるための時間が、もう少し必要のようだ。特に神戸のような試合巧者との対決方法を作り出さなければならないだろう。

 試合を振り返れば些細なことだが、神戸からはゴールを目指す統一した意識の強さが伝わってくるシーンがあった。前半、ゴール前へと送られたボールに反応し、武藤がヘディングシュートを放った場面だ。得点とはならず、武藤は同じゴール前にいた大迫に視線を向ける。そのカメラのファインダーに捉えた、少し苦い表情の武藤の思いを察すると、シュートではなくよりゴール中央に位置し、比較的マークの状態も甘かった大迫につなげるプレーをすれば良かったと言っているように見えた。

 言うまでもないが、選手たちの誰もが戦術の動きを意識しつつ、勝敗を決定するゴールの方法を考えながらプレーしている。そうしたなかで神戸の選手は、チームプレーによるゴールゲットへのより高い確率を求め、神経を研ぎ澄まし戦っているように感じる。

 敵の激しいマークにも動じす、巡ってくるチャンスを確実にモノにしようとする、強い思いから形作られる、究極的に手数を減らした合理的で切れ味の鋭い攻撃を仕掛ける神戸のサッカーは、もはや完成の域に達していると言える。

(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)



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徳原隆元

とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。

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