地元記者もリスペクト…サッカー海外組日本人選手のお手本となった会見 元日本代表FWが称賛「誇らしい」【現地発コラム】

長谷部誠は40歳で現役生活に別れを告げた【写真:Getty Images】
長谷部誠は40歳で現役生活に別れを告げた【写真:Getty Images】

ドイツ語でやり切った引退会見、盟友・岡崎慎司も指摘「長谷部さんにしかできない」

 元日本代表キャプテンの長谷部誠はドイツ語を流暢に操ることで有名だ。

 30分超の引退表明記者会見では、通訳を付けずにすべてドイツ語でやり切ったことが評判になった。普段からチームメイトや監督・コーチ、スタッフとドイツ語でコミュニケーションを取っているのだから、記者会見に通訳を付けなくても驚きではないと思われる人もいるのかもしれない。

 その点で、元日本代表FW岡崎慎司の指摘が興味深い。

「いやぁ凄いっすね。ちゃんと喋れるならやったほうがいいですよね、ああいうのは。でも普通にプライベートで喋るのと違って、公の場で話すのはいろいろと難しい。やれたら自分もやりたいんですけど、普通の人は多分できないじゃないですか。長谷部さんにしかできない」

 オフィシャルの場で発した言葉はそのままメディアを通じて広がっていく。プライベートであれば、自分の意図するように思いが伝わらないと思ったらその場ですぐ修正することもできるが、それができない。意図しない表現で解釈され、それがそのまま文字ベースや音声ベースでアップされると、思いもよらぬ余波が起きたりする。まして昨今はSNSでの拡散性も極めて高い。それだけに1つ1つの言葉や表現に確かな確信を持てなければ、オフィシャルの場で現地の言葉を話すのはリスクも伴う。

 長谷部のドイツ語はとても丁寧に響く。それは誤った表現や言葉を使わないように気を配っていることの表れでもあると思う。使い慣れたサッカー用語や表現はとても滑らかに話すのだから、もう少し早く喋ることもおそらくできる。

 このあたりは日本語での表現力からも感じられるものがある。頭の中で整理してから言葉を並べていくタイプと、言葉を並べ続けながら頭の中を整理していくタイプがあると思われるが、長谷部は前者に属するだろう。

 日本語での発言も曖昧な表現は少ない。外国語は母国語力が高くないと上手くいかないというのは海外における定説ではあるが、長谷部のコミュニケーションを見ているとその関連性に頷けるものがある。

 ましてドイツ語は習得が難しい言語だ。メディアでは、少しのやり取りができるだけで「言語をマスター」と書いたりする。だが実際は、そんな簡単にマスターなどできない。ことドイツ語に関して言えば、ゲルマン語圏以外の国から来た人がある程度スムーズにドイツ語を話せるようになるまで5年かかると言われている。

 ちなみに筆者の場合だと「ドイツ語で考えてドイツ語がスムーズに出てくる」と実感したのが7年目。もちろんこれには個人差があり、もっと早くに習得する人もいれば、もっと時間が必要な人もいるし、速ければいいとか遅いからダメとかいうものでもない。

 いずれにしてもそうした壁を乗り越えて、あの場にドイツ語で臨んだのだ。

長谷部誠の努力が滲んだ会見、日本人としての特質もポジティブに発揮

 地元記者からのリスペクトをものすごく感じる会見だったが、選手としてサッカーのことだけではなく、言葉の習得にそこまで努力をして、ドイツでの習慣に理解を示して、そのなかで日本人としての特質をポジティブに発揮していたからこそだろう。

「日本人がドイツで、ドイツの人たちからそうやって思われるっていうのもなかなかない。単純に誇らしいって思いますね」

 岡崎もそう称えていた。

 今後、長谷部は指導者として次のキャリアを探る予定だ。ライセンスもドイツで積み重ねていく。ここからは日常生活とは異なる言葉をドイツ語で理解し、解釈し、説明できなければならない世界で戦うことになる。

 心理学や認知学、スポーツ生理学や栄養学、教育学や教授学、コーチング理論に年代別成長の特質。そうしたものを明確に理解したうえで、サッカー的な要素をトレーニングに落とし込み、試合への取り組みを包括していく。育成であれば子供たちだけではなく、親御さんとのコミュニケーションも求められる。それでも長谷部ならば、そうした壁も乗り越えるのではないかと思うのだ。

 長谷部から1日早く引退した岡崎も、試合後の引退セレモニー、日本人記者との取材を終えたあとに、地元記者からの質問に英語でしっかりと答えていた。要点を明確にして伝えようとしているから、意図は正しく伝わったことだろう。難しく喋る必要はないのだから。

「サッカーの英語だと結構興味を持ってきている。自分の好きなことなら、もしかしたら伸びるのかな。1回集中して英語を勉強しておいたら、最初は大変でも、この先間違いなくプラスになるだろうしね」

 岡崎がそんなことを話していたことがある。学ぶ気持ちがあれば人はどこででも学ぶことはできる。そして学び続けることで新しい知見と出会い、新しい道に巡り会うこともあるだろう。

 サッカー選手でも誰でも、言語はやっぱり大切だ。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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