「日本は本当に礼儀正しい」 元フランス代表の助っ人FWが極東で苦難…涙の初ゴールまでの道筋【コラム】

川崎のバフェティンビ・ゴミス【写真:Getty Images】
川崎のバフェティンビ・ゴミス【写真:Getty Images】

川崎のFWゴミスが札幌戦でハットトリックを達成

 アシストした川崎フロンターレのMF遠野大弥がゴールラインだけでなく、ゴール裏の看板をも飛び越えて喜びを爆発させる。対照的にゴールを決めたFWバフェティンビ・ゴミスは、直後にひざまずいてしまった。

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 そのまま四つん這いになり、叫びながらゆっくりとゴールラインを越えていく。百獣の王ライオンをモチーフにした、元フランス代表FWによるゴールセレブレーションが日本で初めて披露されたのは、ホームのUvanceとどろきスタジアムに北海道コンサドーレ札幌を迎えた、11日のJ1第13節の前半43分だった。

 相手ペナルティーエリア内で、ゴミスは遠野のパスを呼び込んだ。札幌DF家泉怜依に背後から密着されても、身長186cm体重90kgの巨躯は動じない。走り込んできた遠野に絶妙のボールを落とすと、自らは家泉のマークを外れてゴール前へ。英語で「Come on!」と求めた折り返しを、右足のワンタッチでゴールに変えた。

 強靱な身体と卓越したテクニック、そして遠野との以心伝心のコンビネーションが凝縮された一撃。もっとも、ここで素朴な疑問が頭をもたげてくる。ゴミスは30分にも遠野のペナルティーエリア内でパスを受け、家泉を背負った体勢から逆時計回りでターン。ゴール左隅へ豪快かつ正確な来日初ゴールを突き刺していた。

 しかし、このときはライオンパフォーマンスを披露しなかった。川崎のベンチ前で喜びを爆発させるゴミスのもとへ、英語を介してピッチ外でも仲がいいDFファンウェルメスケルケン際が駆け寄っていった。

「バフェ(ゴミスの愛称)に『せっかくだから、ライオンパフォーマンスをしてくれ』と声をかけたんですけど、本人が『まだまだ』と言ったんですよ」

 ゴミス本人は「タイミング的にそう(2ゴール目)なりました。特別な理由はありません」と照れながら煙に巻いた。それでも試合後のコメントをあらためて読み返せば、何よりも大事にしたいものが伝わってくる。

 川崎への加入が驚きとともに発表されたのが昨年8月。しかし、待望の初ゴールは年をまたぎ、J1リーグ出場13試合目と思わぬ難産を強いられた。その間に抱いた思いを、ゴミスは次のように振り返った。

「今日のゴールが生まれるまでに時間が必要でしたし、辛抱強さも必要でした。ゴールを決められず、苦しい間もチームメイト、監督、コーチングスタッフ、そしてファン・サポーターがサポートしてくれました。ストライカーはゴールを決める、という仕事をするために毎日働いています。その仕事ができて本当に嬉しい」

 母国フランス以外ではイングランド、トルコ、サウジアラビアでプレーした経験がある。しかし、文化も風習もすべてが異なる極東の日本に、順応するには時間が必要だった。だからこそ、苦しむ自分を温かく見守ってくれたチームメイト、そして鬼木達監督をはじめとするコーチングスタッフとまず喜びを分かち合いたかった。

 そして、リードを2点に広げる来日2ゴール目とともに、満を持してパフォーマンスの封印を解いた。

「決してあきらめないネバーギブアップの精神を、ライオンの精神を見せられたと思う」

 ゴールセレブレーションを嬉しそうに振り返ったゴミスは、下部組織から昇格し、プロのキャリアをスタートさせたフランス1部リーグ・アンのサンティエンヌ時代にライオンパフォーマンスを始めた。ゴミスが続ける。

「若い頃に所属していたクラブのシンボルがライオンで、以来、自分がゴールするとライオンと呼ばれました」

 サウジアラビアのアル・ヒラル時代には、四つん這いで叫びながら近づいてくるゴミスに恐怖心を覚えたボールパーソンの少年が、持ち場から逃げ出してしまったエピソードもある。ゴミスはその少年を追いかけ、笑顔でなだめながら、試合中にもかかわらず着ていたユニフォームの上着をプレゼントしている。

 微笑ましいやり取りから伝わってくる、優しさを含めたゴミスの人間的な奥深さが、延べ10番目の所属クラブとなった川崎のチームメイトやコーチングスタッフをピッチの内外で魅了している。

 ゴミスが加入した昨夏からコンビネーションを磨き、札幌戦で2ゴールをアシストした遠野が言う。

涙には「ノー」も…瞳潤ませインタビューに対応

「本当に人格者といいますか、彼が試合のメンバーに入ってないときでも、一人ひとりに『頑張れ』と言いながらハイタッチしてくれる。おそらく苦しかったはずですけど、練習ではそういった姿を絶対に見せない。そんなバフェを僕たちも知っているので、今日は本当に素晴らしい試合になったと思っている」

 ゴミスが先制ゴールを決めた直後にベンチ前で大きなガッツポーズを何度も繰り返し、駆け寄ってきたゴミスを抱きしめて喜びを分かち合った鬼木監督も、試合後に「本当に素晴らしい」と再び声を弾ませた。

「素晴らしいというのは、あれだけの経験がある選手なのに非常に謙虚ですし、チームのために、という姿勢を常に忘れない。若手選手にアドバイスを送るのもそうですし、試合でメンバー外になっても練習で絶対に手を抜かない。そういった姿を見ている周りも、サポートしたくなるような存在だと思っています」

 誰からも畏敬の念を注がれるゴミスは、前半アディショナルタイムにFWマルシーニョがGK菅野孝憲に倒されて獲得したPKを託された。ボールを抱えてペナルティースポットに近寄るゴミスへ、スタンドからは万雷の拍手が降り注いだ。同3分。左へ飛んだ菅野の動きを見極めたPKが真ん中に決まった。

 待望の来日初ゴールからわずか18分で、今シーズンのJ1リーグではFWジャーメイン良(ジュビロ磐田)に次ぐハットトリックを達成した。川崎の選手では2022年8月のマルシーニョ以来、延べ15人目となった。

 さらに前半だけで達成した川崎の選手に限れば、2012年11月のFWレナト以来、4人目となる。18歳でプロデビューし、公式戦で通算355ゴールを決めてきた百戦錬磨のストライカーにとっても、前半だけのハットトリック達成は「チャンピオンズリーグであったかな」と苦笑するほど稀有な経験となった。

「オリンピック・リヨンでプレーしていた2011年のディナモ・ザグレブとのチャンピオンズリーグで、前半でハットトリックを達成した記憶があります。けれども、今日の方が本当に最高の思い出となりました」

 記憶を呼び起こしたゴミスに、こんな質問が飛んだ。前半を3-0とリードして迎えたハーフタイム。ピッチから引き揚げる際に目元を拭っているように見えた、と問われたゴミスは「ノー」を6度も繰り返している。

「サッカーはハッピーなものですから、そのくらいでは泣かないですよ。ただ、こういった幸せな時間をファン・サポーターのみなさんと、ホームスタジアムで共有できたのは非常にアメージングな経験でした」

 慌てて否定したゴミスだったが、3-0で勝利した試合後のフラッシュインタビューでは瞳を潤ませている。無得点が続いた日々が苦しくなかったはずがない。万感の思いを込めて、取材エリアではこんな言葉を紡いだ。

「サッカーは簡単ではないですし、特にストライカーはタフな時間があると思います。そのなかで大切なのは学ぶ姿勢を失わないこと。自分はもちろんゴールを決めるために川崎に来ましたけれども、それができない間も日本でいままで学んだこと、そしてまた新たに学ばなければいけないことを常に意識していました。日本のみなさんは本当に礼儀正しく、常に相手をリスペクトして接してくれます。そのなかで自分も一人の人間として、学ぶべき点が非常に多いといまでは心から言えます。最高の地にいることに、あらためて感謝したいと思います」

 自らのゴールで、これほどまでに周囲を笑顔にするストライカーも稀有と言っていい。4月を5戦未勝利、そのうち4試合で無得点に終わったどん底からの反撃を期す川崎で、強さと巧さ、濃密すぎるほどの経験だけでなく、献身的な精神と崇高な人間性をも脈打たせる大物ストライカーがついに覚醒のときを迎えた。

(藤江直人 / Fujie Naoto)



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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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