町田の強さの秘密は練習にあり!? 「フリーズ」「シンクロ」の使い分けと計38人の大所帯の懸念【コラム】
町田コーチングスタッフの見事な「言語化」力
J1リーグに昇格したばかりのFC町田ゼルビアが上位争いを続けている。その原動力は何なのか。それを知る王道は、どんな練習をしているかを見ることだろう。
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最初に目に付くのは分業の上手さだ。2年目を迎えた黒田剛監督は、練習開始の時に選手を集めて話をする。その後はコーチたちの指導をじっと見守り、時折重要なことだけを選手全員に伝える。もっとも大きな声をあげて指導するのは金明輝ヘッドコーチ。元サガン鳥栖監督としてJ1で勝利を重ねたノウハウが如何なく発揮されている。ほかにもピッチ上には30人ほどのスタッフがいて、それぞれが休むことなく自分の役割を果たしている。
2023年の町田はシーズン当初、試合前日のみを非公開としていた。そのためセットプレー以外はほぼ確認することができた。対戦相手をどう分析して、自分たちはどうボールを動かし、どこを攻めるかまで知ることができた。
例えば、当時見ることができた守備練習はこんな様子だった。自チーム役の11人と対戦相手役の11人をフォーメーションの形に配置する。そして、「この自分たちのシステムでどこを攻められるのが一番困るのか」「それはなぜか」「そのような場面になるのは、どういうことが起きるからか」をひと通り選手に説明する。その後、「では、その最も困るところにボールを入れられたところから、守備の練習をしよう」とスタートするのだ。
その最初の「言語化」が見事なおかげで、選手たちは納得しながら一番危険とされるシチュエーションを覚えることができる。そして、その場面が生まれないようにポジションを自分で修正し、さらに一番恐れている事態になっても対応できるように頭を使う。分析が的確であることに加え、選手が頭に入れる情報は短く整理されているので覚えやすく、しかも自分で頭を使わなければならないように練習がデザインされていた。
その頃はトリックプレーまで見せてくれたので、実際の試合で出た時にはたしかに練習通りに相手がつられるのを確認することもできた。さすがにそれは拙かったのか、その後、試合の前々日から非公開になってしまった。
1つ1つの練習時間が短いなかで高い集中力を発揮
それでも試合前々日の練習は公開されている。そこで行われるのは、その週のポイントだと思われる部分のトレーニングだ。前の試合で出た課題と、次の対戦相手の特徴を掛け合わせ、決められているのだろう。
例えば、J1第7節ヴィッセル神戸戦の前々日(4月11日)にはこんなトレーニングが行われていた。ウォーミングアップが終わると、ゴールエリアよりもやや広い幅で、縦40メートルほどのコートが作られ、そこに攻撃の選手3人、守備の選手2人とGKが向かい合って攻防を繰り広げる。攻撃側がシュートを放つか、守備側がカットしたら、攻守ともにすぐ次の選手に交代していた。
縦が長いので選手は常に全力でダッシュしなければならない。横幅が広くないのでスペースを使うことが難しく、正確にパスでつながなければならない。素早く簡潔な攻撃、GKまで含めた守備、走力、攻守の切り替えなどさまざまなエッセンスが含まれている。しかも町田は1つ1つの練習時間が短いため、選手はそのなかでチャンスを掴もうと高い集中力を見せる。
練習の最初の部分で金コーチが「シンプルに」「丁寧に」などと攻撃の選手に声をかけると、たちまちパスのつながりが良くなり、ずっと攻撃側がゴールを奪っていた。だが、水分補給の時に今度は守備側の選手に声をかけ、GKの動きとパスの狙い所を説明すると、練習の後半では守備陣の動きが変わり、攻撃側がなかなかゴールを挙げられなくなった。そんな声かけの上手さも特長の1つだろう。
続いてはフルコートで攻撃の選手7人、守備の選手6人+GKを配置し、「ラインの動かし方」「ラインの止め方」「ラインの上げ方」が始まった。守備側がボールを4回奪うと次の選手たちに交代する。選手たちの動きが少しぎこちなくなったところで、「ラインを上げるのが目的じゃないよ。どうボールを奪うかだ」と大きな声が飛ぶ。これで選手たちは整理できたのか、すっと動きが良くなった。
この練習がわずか14分で終わると、11人ずつの紅白戦形式でそれまでの要素が入った動きの確認が行われ、続いて紅白戦となった。その際に黒田監督が一度練習を止め、「やるべきことをやっていないから、こういうことになるぞ」と指示を出したが、それ以降はまたコーチに任せた。そして最後は町田らしく、ロングスローのトレーニングが行われている。
試合に出られない選手は不満を溜める可能性も!?
この日分かったのは、練習方法もさることながら、町田の指導が的確だということだった。指導者が選手に声をかけるのは、「フリーズ」と呼ばれる全体を止めて説明する方法と、「シンクロ」と呼ばれる練習を動かしながら選手に言葉をかける方法がある。「フリーズ」は全体に指示を与えることができるが選手の思考は一度途切れる。「シンクロ」は選手の思考を止めずに済むが声をかけられた選手にしか指示が届かない。
この2つを上手く使い分けながら、選手の心理を読み、的確なタイミングで選手の頭を整理させることができる正確なアドバイスが行われている。そのため練習を見ていると、声かけの前後で選手の動きが急に変わるという場面が何度もあった。今年、町田の練習場でJリーグの指導者を見かけることが何度かあった。それだけ町田の練習方法は、指導者の間でも注目されているということだろう。
一方で町田の練習には懸念材料もある。
それは、どうやってチームを維持していくかということだ。現在、町田の登録選手数は38人。GKは4人なので単純に考えても1つのポジションには3人以上いることになる。そのため紅白戦の時は別メニューの選手が12人いたが、それでも怪我人やU-23アジアカップに参加している平河悠と藤尾翔太はいない。
もちろんその別メニュー組を見るスタッフも5人付いていて、選手が放っておかれることはない。だが、それでも試合に出られない選手には不満が溜まっていくのではないだろうか。また、昨シーズンも開幕後に6人補強したように、今季もきっとシーズン途中で選手は追加されるはずだ。ますます試合に絡めない選手も出てくることが予想できる。
昨シーズンはシーズン開幕後に10人が移籍していったが、同じようなことは起きかねない。そんな中で負けが続くようになったら、チームを一枚岩に保っておくことができるか。そこにはチームの指導とまた別の能力が必要となってくる。
もちろんずっと上手くいく可能性もあるだろう。そして、懸念材料が杞憂に終わることもある。そうなってもおかしくないと思わせるだけの説得力が、町田の練習風景にはある。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。