英プレミアリーグ、クリスマスイブ開催に“大バッシング” 「サポーターへの非礼」と英国ファン一致団結で非難のワケ【現地発】

クリスマスイブに試合が行われるモリニュー・スタジアム【写真:Getty Images】
クリスマスイブに試合が行われるモリニュー・スタジアム【写真:Getty Images】

23年ぶりにクリスマスイブの試合開催へ踏み切ったプレミアリーグ

「悪魔に魂を売り渡した」と伝えらえるのは、1930年代に名音源を残したブルース・ギタリストのロバート・ジョンソン。その半世紀ほど前に起源を持つイングランドのトップリーグは、「中継局に魂を売り渡した」といったところだ。

 今季プレミアリーグ第18節のクリスマスイブ開催には、全20クラブのサポーター団体が抗議の意を表明している。10月後半の決定を前に、プレミアの「魂」とも言うべき地元ファンの代表たちがこぞって翻意を求めたが、願いは聞き入れられなかった。

 開催日が当初予定の12月23日から翌日に変更された試合は、ウォルバーハンプトン対チェルシー。1試合だけではあるが、「放映権保持者の言いなり」と非難されて久しいリーグによる身勝手な行為であることに変わりはない。「世界で最も観られているリーグ」による、最新にして過去最悪の「地元軽視」だ。

 高額の放映権料を払っている国内外の「ライツ・ホールダー」にすれば、「何が問題なのか?」ということになるのだろう。クリスマス前から年始にかけての連戦は、ここ「サッカーの母国」における伝統。サッカー好きのイングランド庶民にとって、今季は12月21日から年明け1月2日までに、各チームがリーグ戦4試合(FIFAクラブ・ワールドカップ出場のマンチェスター・シティと対戦相手のブレントフォードは3試合)という「観戦三昧」は、毎年期待しているプレゼントのようなものだ。

 歴史の本を紐解いてみれば、ビクトリア時代(1837~1901年)には、クリスマス当日の試合開催が定番だった。理由は、フットボール文化を支える労働者層が心の洗濯を許される貴重な休日であったこと。1871年からは、翌日のボクシングデー(※)も祝日とされた。まだ庶民の生活水準が低かった当時は、窮屈で味気ない家の外でクリスマスを祝うことが好まれた時代。各クラブは、滅多にない連休に家族揃ってスタジアムに“外出”する地元ファンを当て込み、ホームとアウェーでの“ダービー2連戦”が開催されるようにもなったという。

 20世紀に入ると、労働者階級の生活水準の改善がクリスマスの過ごし方にも変化をもたらす。人々は、自宅で家族や親しい友人たちとプレゼントの交換をしたり、食卓を囲んでの団欒(らん)のひと時を楽しんだりすることを好むようになっていった。加えて、1950年代に登場したナイター照明設備により、暗いイングランド冬季の試合開催が短い日中には限られなくなった。結果、クリスマスの“フットボール・タイム”は宗教的な意味合いのないボクシングデーに集中。12月25日の試合開催は65年前が最後となっている。

※編註:英国の一部とオーストラリアなどの旧英連邦諸国における法定休日。諸説あるがボクシングデーの名前は、中世の時代にクリスマスの日も働かなければならなかった屋敷の使用人らへ贈られたクリスマスボックスや、教会に供えられた喜捨のための箱を開ける日が12月26日だったことなどが由来となっている。

試合時刻に配慮も行き帰りが問題

 つまり、クリスマスイブとクリスマスは「ファミリー・タイム」を意味する祝日となった。イングランド人にとっての両日は、日本人にとっての大晦日と元日のようなもの。12月24日は帰省や翌日の準備で忙しい。夜には揃って礼拝に出かける家族も少なくない。多くのイングランド人にとって、クリスマス期間の「メイン」はイブだと言っても差し支えはない。24日に実家に集まり、25日は全員でゆっくりと過ごし、26日のボクシングデーに「心のクラブ」の試合観戦。これが、一般庶民の典型的なパターンとなっていた。

 リーグ側も、クリスマスイブの試合非開催を暗黙の了解としていると理解されてきた。最後のイブ開催は、国内1部がプレミアとして独立して3シーズン目の1995年。プレミアの人気と収益力、言い換えればテレビ放映権料が格段に上昇していた2017年に1度、リーグがイブ開催に動いたことはあった。だが最終的には、12月22日に1試合、23日に9試合という日程に収まった。

 その“聖域”が侵されてしまった。そして、スタジアムに足を運ぶ全国各地の地元ファンは究極の選択を迫られる。「マイ・ファミリー」か「マイ・クラブ」か。

 リーグと放映権保持者は、午後1時と早い試合開始時刻でファミリー・タイムに配慮したつもりなのだろう。だが、ことはそれほど単純ではない。クリスマスイブは、公共の交通機関も道路事情も混雑と混乱が当たり前。おまけに今年の12月24日は日曜日。ただでさえ休日ダイヤの電車やバスは、時間帯が遅くなるにつれて運休の可能性が高まる。翌日は、全国的に電車もバスも走らない英国のクリスマスだ。

 アウェーチームのチェルシーは、観戦チケット購入者用の無料バス運行を決めた。とはいえ、すべてのサポーターがバスの発着地に行きやすい地域に住んでいるわけではない。自分でハンドルを握る手もあるが、西ロンドンからイングランド中部のウォルバーハンプトンまでは、通常でも往復で5~6時間のドライブ。無論、試合観戦の一部としてビールを心ゆくまで楽しむことは許されない。

 日本のような鉄道事情であれば電車での移動が最適だが、ここは英国だ。世界に先駆けて産業革命が起こった国内はインフラが古く、列車も超特急とはいかない。ウォルバーハンプトンまでの所要時間は、車と大差のない片道約2時間半。キックオフ1時間前には現地入りしようと思えば朝8時台の列車で、ロンドン中心部の駅に戻るのは早くても夕方6時過ぎ。クリスマスイブの日中は丸つぶれだ。

 ほぼ丸1日、サッカー観戦に取られる可能性も高い。この国の鉄道は、ダイヤ通りに発着すれば「ラッキー」と思えてしまうほど当てにならない。つい最近も、11月後半にマンチェスター・シティ対リバプールを取材した際に帰りの電車がキャンセルになった。マンチェスター市内の駅で、出発予定時刻を過ぎてからアナウンスされた運休の理由は「乗務員不足」だった。

クリスマスイブ開催の前例を作れば“明日は我が身”?

 ホームで戦う側のウォルバーハンプトンのサポーター団体までもが、「遠方から通ってくれるウルブズファン、そしてもちろん、ビジターに当たるチェルシーサポーターへの配慮を完全に欠く非礼」だとして、開催案に抗議していたのももっともだ。

 他クラブもこぞって反対意見を唱えた背景には、「明日は我が身」との不安もあったに違いない。リーグは“最低1試合”のクリスマスイブ開催に動いていた。結果的には1試合だったが、前例ができてしまえば来季以降には複数カードの開催が現実味を帯びる。

6年前に検討された時点でも、計4試合が23日から24日への開催日変更対象とされていた。クリスマス明けの節に目を向ければ、ボクシングデー当日の全10試合開催はすでに過去の出来事だ。中継局の意向により、今季は26日から28日の3日間に分散されている。

 ちなみに筆者は、今回もクリスマスイブは西ロンドンの自宅でクリスマスディナーなどの準備に追われる。例年、年末年始には試合があることから、大晦日ばりの大掃除もイブの午前中に行っている。今年はボクシングデーにロンドンでの試合がないが、翌27日の第20節チェルシー対クリスタルパレスには足を運ぶ予定だ。

 毎年、クリスマス明けの試合に行くと思い出すことがある。20年近く前になるが、会場のメディア用ラウンジで、ベテランのイングランド人記者に「ボクシングデー」の由来を尋ねた時のこと。今は亡きスティーブは、「前の晩から酒が抜けない選手たちが殴り合うからさ」と言って笑っていた。今年は、リーグ経営陣にパンチを一発見舞いたい気分だ。巨額の放映権収入に目が眩み、ついにクリスマスイブまで売ったカネの亡者たちに。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)



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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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