J1昇格の磐田、補強禁止でなぜ劇的ストーリーに? “元森保J参謀”・横内監督は苦境のチームをどう変えたのか【コラム】

磐田をJ1へ導いた横内昭展監督【写真:徳原隆元】
磐田をJ1へ導いた横内昭展監督【写真:徳原隆元】

1年間補強を禁止されるも、J2リーグで2位となり1年でJ1復帰

 ジュビロ磐田は2023年シーズンのJ2リーグで2位となり、1年でのJ1復帰を決めた。最終節でライバルの清水エスパルスを逆転するというドラマチックなストーリーとなったが、チームの確かな成長の裏付けなしに、1年間補強を禁止されていたクラブの昇格はなかっただろう。

 その立役者の1人が横内昭展監督であることは間違いない。カタール・ワールドカップ(W杯)で日本代表のコーチとして強豪ドイツ、スペインを破ってのベスト16進出を支えた指揮官が、藤田俊哉スポーツダイレクター(SD)から打診を受けた時点で、FIFA(国際サッカー連盟)から新規選手登録の禁止処分を下されたため、補強ができないことは分かっていた。

“新戦力”はパリ五輪世代のDF鈴木海音などレンタルバックの4人とアカデミーから高校生JリーガーとなったFW後藤啓介のみ。そのなかで、シーズン前のキャンプから協調し続けたのが、球際や切り替えといった原点の部分を徹底的に引き上げることだ。

「チーム全員で、とにかく試合に関わりたいという。とにかくボールに関わって、FWであろうがGKであろうが、守備だろうが攻撃だろうが、どこにボールがあっても、みんなが常に関わっているサッカーをやりたい。そういうサッカーをやれれば、しっかりクリエイティブなコンビネーションが生み出されるんじゃないか」

 やりたいサッカーのイメージについて、そう語っていた横内監督だが、キャンプでは徹底して個人の意識を上げることにこだわっていた。その理由を聞くと、指揮官は「ベースがある上に戦術が乗ってると思う。そこを少し曖昧にしてしまうと、弱かったらその上の戦術すらも成り立たない。まずはそこを言い続けて、要求し続けたい」と語った。

 そこから徐々に基本的な自陣からのビルドアップやボールを奪う守備、セットして構える守備の連動、サイドでのコンビネーションと言った戦術的な共通理解を増やしたが、どんな時でも「並行して強調したい」と言い続けたのが個人で戦えるベースを上げることだった。“降格組”としてJ2では清水とともに、春先からルヴァン杯を戦った磐田。それ自体、昇格を目指すうえで少なからず負担になるのではないかと思ったが、横内監督の捉え方は違った。

「もうポジティブにしか捉えてません。今我々はJ2で戦ってますのでJ1のチームと戦えるというのは貴重な機会です。それがある意味、我々の現在地というか指標になってくると思いますし、選手にも言えることなので。ポジティブにしか考えてないです」

「このままじゃ絶対に厳しい」…選手たちも来季J1での戦いを覚悟

 横内監督の言葉が決して強がりではないことは、徐々に証明されていくことになった。昨年のJ1王者である横浜F・マリノスをはじめ、北海道コンサドーレ札幌、サガン鳥栖とJ1の中でもハイテンポな特長を持つ3チームを相手に、リーグ戦ではサブだった選手たちも良い刺激を受けて、徐々にリーグ戦での出番につなげていったのだ。もちろんルヴァン杯が挟まることでの体力的なシワ寄せは結果に影響したかもしれないが、一番苦しくなる夏場にターンオーバーを活用しながら勝ち点を伸ばすことにつながった。

 そうした流れのなかで序盤戦はベンチ外になる状況が多かった鹿沼直生や高卒2年目の古川陽介が重要な戦力に成長した。彼らの成長が、来年J1を戦ううえでもベースになっていくことは間違いないが、左サイドバックの主力として磐田の昇格を支えた松原后は「僕もJ1でずっと戦ってきて、このままじゃ絶対に厳しい」と認識している。それを受け入れたうえで「それぞれがJ2の強度やゲームスピードを早く意識から取り除いて、J1に順応していかなきゃいけない」と強調した。

 12月10日に行われたファン感謝デー(ジュビロデー)のフィナーレにサンタクロースの姿で登壇した横内監督は「皆さんのおかげでこういう目標を達成できた。来年はJ1で戦います。J1はさらに今シーズンより厳しい戦いが待っていると思います。そういう厳しいシーズンも、ここにいらっしゃる皆さん、ジュビロを愛する皆さんの後押しがあれば、しっかり戦っていけると僕は信じております」と来年の奮闘を誓った。

 今年5月に浦和レッズがACL(AFCチャンピオンズリーグ)ファイナルで強豪アル・ヒラルを破り、アジア王者に輝いた翌日、ジェフユナイテッド千葉とのアウェーゲームを取材した。試合は1-0で磐田が勝利したが、選手たちは前日の宿舎で、ACLファイナルを一緒に観ていたという。磐田はACLの前身であるクラブ選手権で優勝実績がある。キャプテンの山田大記に聞くと、胸の内を語ってくれた。

「この10年間で言うと3度の降格があり、J1とJ2が半々ぐらいのクラブになってしまっているので。1つの事実として自分たちがいるべき場所が本当にJ1なのか。自分たちの立ち位置はJ2で戦わざるを得ないのか。そう言うリアリスティックな認識は大事だと思ってます。

 一方で、このクラブが築き上げてきたもの、誇りというものは、このクラブに携わる人間が持ち続けなきゃいけないと思う。夢見てばっかりではいけないチーム状況だと思いつつも、このクラブがJ1のチャンピオン、アジアのチャンピオンになっていたプライドと誇りは受け継いでいかないといけない」

かつて3度Jリーグを制覇した伝統を守りながら新時代を創造していけるか

 もちろん、そうしたステージに行き着くにはまだまだ足りない。それは山田自身もよく分かっていることだ。J1昇格を成し遂げた山田に改めて聞くと「来シーズンは最低限、J1残留になると思いますけど、まずはJ1でも通用するというところを自分たちに対しても、外に対しても示さないといけない。それが1つの基準になり、上位というとこにおそらく、もう1段階上に行くのが再来年というイメージになってくる」と回答してくれた。

 すでに後藤はベルギーの名門アンデルレヒトへの移籍が決まり、何人かの退団や移籍も発表されている。当然、ある程度の入れ替わりが起こるのがプロクラブの常ではあるが、この1年間で築き上げたものをベースに、どういったプラス要素を加えていくのか。J1が18クラブから20クラブに増える関係で、来年の降格チームは3に増える。

 かなり厳しい戦いになることは間違いない。それでも世界の舞台を知る横内監督は基準をさらに引き上げて、J1の戦いに挑んでいくはず。かつて3度Jリーグを制覇した伝統を守りながら、ジュビロの新時代を創造していけるか。

(河治良幸 / Yoshiyuki Kawaji)



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河治良幸

かわじ・よしゆき/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。

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