ドイツ2部で5万2000人満員…「ホーム入場無料」の仰天戦略 サッカークラブの「あるべき姿」とは?【インタビュー】

デュッセルドルフ本拠地のメルクール・シュピール=アレーナ【写真:Getty Images】
デュッセルドルフ本拠地のメルクール・シュピール=アレーナ【写真:Getty Images】

独2部デュッセルドルフが今季から新たな試み、クラブ日本人職員が語る地域との関係

 日本人選手が多く在籍するドイツ2部フォルトゥナ・デュッセルドルフでは、今季から一部ホームゲームで全入場料分をスポンサーが支払い、ファンが無料で試合観戦できる新しい試みを行っている。スポンサー企業はクラブに何を求めているのか。クラブのフロントスタッフとして活躍している廣岡太貴氏に話を聞き、ドイツサッカーの熱気やサッカークラブの「あるべき姿」について迫る。(取材・文=中野吉之伴/全5回の3回目)

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「ブンデスリーガ2部の観客動員は異質」というのは言い過ぎだろうか。今季9月の週を対象とした欧州各国リーグの平均観客動員数では(データ元:ドイツメディア「Die falsche 9」)、1位がプレミアリーグ(イングランド1部)の4万2432人、2位がブンデスリーガ(ドイツ1部)の3万5775人、そして3位がブンデスリーガ2部(ドイツ2部)で3万3018人となった。4位のラ・リーガ(スペイン1部/3万2038人)、5位のセリエA(イタリア1部/3万1862人)、6位のリーグ・アン(フランス1部/3万678人)よりも多いのは驚くべきことだ。

 フォルトゥナ・デュッセルドルフのスポーツ&コミュニケーション部日本コミュニティーマネージャーを務める廣岡太貴(33歳)は、そんなドイツ2部クラブの力を日々感じている。

「本当にほかの国と比べても抜けているぐらいの需要というか、人気というのが大きいんじゃないかなと思います。うちも開幕戦は1部から降格してきたヘルタ・ベルリンが相手だったというのもありますが、4万人以上のファンが詰めかけてくれましたから」

 今季、日本代表MF田中碧の2得点で大逆転勝ちをした第10節カイザースラウテルン戦で5万2000人満員。そして開幕からホーム7試合で平均観客数が3万5000人を超えている。

 2部クラブにも数多くの企業がスポンサーとして名乗りを上げる。デュッセルドルフは今季から一部ホームゲームで全入場料分をスポンサーが支払うことで、ファンが無料で試合観戦できるという新しい試みを行っている。スポンサーになる企業はクラブに何を求めて、どんなメリットをイメージして資金援助を了承しているのだろうか。

「ブンデスリーガのクラブというところで、地域のスポーツクラブを応援したいと言ってくれている方々が本当に多いというのはあります。デュッセルドルフに居を置く日本企業の方々もそうです。もちろん日本人選手がいるからというのもあるとは思いますが、自分たちが会社を置いて、ビジネスをさせてもらっている市や地域に貢献したいという気持ちの強さを役員の方々から聞くことが多いんです」

地元の学校で子供たちと交流する廣岡太貴氏【写真:F95David Matthaus】
地元の学校で子供たちと交流する廣岡太貴氏【写真:F95David Matthaus】

サッカークラブが生まれ、愛される理由「地域の人が何より大切なんです」

 地域との信頼関係やクラブが持つ社会的地位というのは自然に生まれたものではない。クラブは地域に対してさまざまな形で還元している。一方通行にならず、誰かの所有物ではなく、クラブを愛するみんながそれぞれの立場で関わり、貢献し、助け合ってという感覚を持てる存在。それがドイツにおけるクラブのあるべき姿だと受け止められている。そして、プロクラブは社会的に影響力がある存在として、健全で確かな社会活動をすることが求められている。

 デュッセルドルフにある日本人コミュニティーとの好関係も自然と出来上がったわけではない。廣岡の前任者である瀬田元吾氏(現・水戸ホーリーホック事業戦略執行役員)は地域貢献活動について次のように話してくれたことがある。

「ある時、マーケティング部長に『日本の方々は自分たちで企画をして集まる時はすごい盛り上がるけど、ほかで行われているイベントにはそこまで熱狂して足を向けない傾向があるのではないか』と指摘されたことがあります。じゃあそうした人たちにどうやったら興味を持ってもらえるのか考えました。日本語でホームページを作り、フォルトゥナ通信というフリーペーパーを作成し、あとは日本人学校でフォルトゥナとの企画を考えて、子供たちをホームゲームに招待したりと、まずはクラブのことを知ってもらうためのプラットホーム作りに着手しながら、サッカー観戦の楽しさ、クラブを応援することの喜びを共感してもらえるように地道な広報活動を繰り返しました」

 デュッセルドルフではCSR(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)として地域貢献活動を重要視している。廣岡も日本人学校をはじめ、デュッセルドルフの日本コミュニティーへと足を運び、その結び付き、つながり合いを大切にしている。

「僕もデュッセルドルフの日本コミュニティーをもうちょっと大きくしていきたいなと個人的には考えています。クラブとしてもやはりまずはここデュッセルドルフで、しっかり地域でやることが重要だなっていうのは言われています。クラブにとって、そこにある地域の人が何より大切なんです」

 グローバル化、国際化が進む世の中で、国際進出を掲げるクラブは増えてきている。デュッセルドルフにしてもそうだ。だが、足もとを大事にしないクラブはどこかで躓いてしまうものだ。クラブはなぜ生まれたのか。なぜ愛されているのか。そこを忘れた活動は根幹をも揺らがせてしまう。

 ドイツでは、なぜ1部だけではなく、2部にも毎週スタジアムにファンが集まるのか。それこそ3部でも数万人のファンが集まる試合だってあるのだ。廣岡はそうしたドイツにおけるクラブのあり方やファンとのつながりを間近で感じ、日々学び続けている。

(文中敬称略)

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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