高騰する欧州サッカー「違約金ビジネス」の誤解とリアル視点とは? モラス雅輝「日本では勘違いしている人が多い」【現地発】
【インタビュー】高額な違約金の移籍は「あくまで可能性の1つ」「90%は違約金ゼロ」
現在オーストリア2部ザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクターとして活躍するモラス雅輝氏。オーストリアサッカー協会のコーチングライセンスを保持し、欧州サッカーに精通する一方、浦和レッズとヴィッセル神戸でコーチを務めた経験を持つ同氏は、現代の欧州サッカー界における「違約金」(契約解除金)ビジネスについて「日本では勘違いしている人たちが多い」と指摘している。(取材・文=中野吉之伴/全5回の2回目)
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「日本では違約金ビジネスを勘違いしている人たちが多い。今のヨーロッパ市場にマインドを合わせる必要があるんじゃないかといつも思っています」
そう語るのはオーストリア2部のザンクト・ペルテンでテクニカルダイレクターを務めるモラス雅輝だ。
選手が移籍をする時には違約金が発生することがある。世界トップクラスの選手だと巨額の違約金が設定され、世界中のメディアを賑わすこともある。そうした収益が運営を支えているクラブも確かに存在する。だが世界中のクラブのどこもがそうではない。
「まず欧州における移籍の90%は違約金ゼロでの移籍だという事実を知ることが大切だと思います。契約を残している段階で違約金をたくさんとって移籍というのはあくまでも可能性の1つなんです」
プレミアリーグをはじめ天文学的な資金力を誇るクラブはあるし、とても現実のものとは思えないような高額で選手を次々に買うクラブだってある。だからと言って欧州クラブの全てがそうしたマネーゲームに飲み込まれているのかというと、決してそうではないのだ。特にスイス、ドイツ、オーストリアといったドイツ語圏のクラブは健全経営をモットーにしている。
当該クラブで即戦力として確かな活躍を見込める選手であれば、違約金を出してまで獲得しようとするクラブだってあるだろう。だが欧州市場においての活動歴、活躍歴のない選手にそうしたオファーを出そうと思うクラブはそんなにはない。選手も1人の人間なのだから、どれだけ選手としての資質にポテンシャルを感じたとしても、実際に現地になじむかどうかは別問題だ。現地語も英語もままならないという選手であれば、なおのこと獲得に二の足を踏まれる。
「移籍ビジネスにおいて選手を売りたいならば、買ってくれる方が買いたいと思うような状況を作るべきです。現実問題『言葉ができない』ということで大抵のクラブがノーという事実はやっぱりあるんです。日本人でも即戦力クラスの実力を持った選手もいます。そうした選手獲得に興味を持つクラブだって、あるはあります。それでも海外での実績がないと完全移籍での獲得に踏み出すのが簡単ではないということは知っておいたほうがいいと思います」
日本サッカーの発展へ「欧州サッカーの市場に来るための移籍の仕方を考えるのが大切」
現行の年俸と違約金がずれていると交渉は難しい、ともモラスは指摘する。欧州移籍を夢見る日本人選手からの売り込みは少なくない。とはいえ、例えば年俸600~700万でプレーしている選手に数億円の違約金が出るのは運営視点から見てあり得ないのだ。欧州市場で基準とされているレートや取引のやり方を度外視して高値に設定したら、相手クラブの交渉を続けようという意欲さえ奪いかねない。
あるいはセカンドやサードステップで欧州名門クラブに何十億円の違約金で移籍となった選手がいるとする。最初の欧州移籍でJクラブが手にした違約金が少なかったら、「交渉力がない」という議論が起こったりもする。
「でもその視点は間違っています。クラブが売った時の金額というのは、その時点でその金額じゃないと取れない、というものだったわけですから。少し乱暴なことを言うと、欧州サッカー界は日本人選手が来なくても困らないんです。世界中のさまざまな国からの売り込みがありますから。例えばハンガリーやルーマニアの1部ですでにプレー経験のある世代別代表選手が1000万円くらいで獲得できるならそっちを選びます。南米からもそうだし、アフリカからの売り込みだってすごいんです。そうした選手と獲得される戦いをしているという意識を持たないといけない。だから選手がものすごいステップアップをしていくことを見越した条項を契約に盛り込むのも簡単ではない。まず欧州サッカーの市場に来るための移籍の仕方を考えることが、今後の日本サッカー界にとても大切になると思います」
また将来的に次のステップアップを考慮した移籍をする場合、その移籍先での年俸が抑えられているほうがメリットに働くこともあるというのは知っておくべき重要な点だろう。プロ選手だから年俸とは自分の評価を測る大事な要素だ。でも、そこで年棒が高くなるとそれだけそのあとの違約金も、そして移籍先での年棒設定も高くなり、そのために獲得が望まれないケースもかなりあるという。
「例えばオーストリアリーグはステップアップリーグとして整理ができているところです。移籍をさせないために条項でがんじがらめにしたり、年棒が高くなりすぎることもない。『どんどんステップアップしてください。君がステップアップすることによって次の若手がどんどん出てきます』というスタイルですから。だから今、LASKリンツでプレーしている中村敬斗はここから現実的な金額でのステップアップ移籍が可能になってくる。こうした環境は若い選手にとってはいいことだと思うし、そうしたメリットがあることを知って、日本の選手がもっと生かしてもいいんじゃないかなとは思います」
欧州サッカー界における人の動きやネットワークのあり方、現地でのスタンダードを学ぶことは選手としての着実なステップアップに欠かせない重要な知識であり、プロ選手である以上それは必要不可欠なものではないだろうか。(文中敬称略)
[プロフィール]
モラス雅輝(モラス・マサキ)/1979年1月8日生まれ。東京都調布市出身。16歳でドイツへ単身留学し、18歳で選手から指導者に転身。オーストリアサッカー協会のコーチングライセンスを保持し、オーストリアの男女クラブで監督やヘッドコーチとして指導。2008年11月から10年まで浦和レッズ、19年6月から20年9月までヴィッセル神戸でそれぞれコーチを務め、神戸時代にはクラブ史上初の天皇杯優勝を果たした。以降はオーストリアに戻り、FCヴァッカー・インスブルックを経て、22年7月からザンクト・ペルテンのテクニカルダイレクターとして活躍している。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。