中国サッカー進歩へのキーワードは「楽しませる」 元横浜FMアカデミーコーチが異国で指導者育成に注力する理由
【中国サッカー考察コラム#15】中国の指導者は結果至上主義で「楽しませる」意識が不足
日本のサッカーファンのみなさま、こんにちは。久保田嶺です。今年9月に中国・杭州で開催されるアジア競技大会の開幕も近づき、日本代表の試合を中国で見られることが非常に楽しみです。そんななか、今回も中国サッカー界で活躍される日本人取材ということで、広州富力アカデミーをゼロから立ち上げ、現在も広州にてサッカー指導者育成などをされている若杉秀俊氏にインタビューしました。
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「今最も不足しているのは指導者を指導できる人です」
こう話す若杉氏は、かつてJ1横浜F・マリノスのアカデミーでコーチを務め、その後現セルビア代表アシスタントコーチとして活躍する喜熨斗勝史氏の誘いを受けて中国へ。広州富力のアカデミー立ち上げを行い、そして現在も中国・広州にてサッカー事業を行っています。
「今日もこの後にセッションが入っていますが、現在は選手への個別指導のほかに、指導者への指導という、コーチ育成に力を入れています。今まで私は日本や中国のアカデミーで所属選手への指導を行ってきましたが、それでは目の前の選手にしか貢献できず非効率です。特に現在の中国では、優秀な指導者が不足しており、そこを増やすことこそが私にできることだと思っていますので、最近は特に力を入れています」
たしかに、ここ数年日本人選手が中国リーグに誰もいない状況が続いていますが、中国サッカー界で活躍する日本人指導者の数は増え続けている印象です。上海農商銀行女子チームは元なでしこジャパンの高倉麻子氏を監督に迎え、直近では元川崎フロンターレの高畠勉氏が中国1部・武漢三鎮の監督に就任しています。そのほかにも、中国の町クラブなどで指導にあたる日本人指導者は少なくありません。
「特に中国の育成年代の指導では、子供を楽しませる、サッカーを好きになってもらうという意識が足りません。中国には小学生や中学生時代にスポーツで優秀な成績を収めるとポイントが貯まり、大学受験が優位になる制度があります(運動員高考加分政策)。正直に言うと、このためにサッカーをさせている親御さんが多く、従ってシビアに結果だけを求められます。その影響もあって子供たちを楽しませるのではなく、結果のみを追求する指導者が多いです。結果を求めることは否定しませんが、やはりサッカーを好きでやってもらわないと逆に長い目で見た場合、お互いに成功しません。それに気づいているクラブは日本を含む海外の優秀な指導者を求めており、私もそれが育成成功の鍵と伝えています」
指導者の知識不足からロジカルな指導に影響
では、親御さんではなく、実際にプレーする中国の子供たちに日本との違いはあるのだろうか。
「日本との違いはほとんどありません。むしろ日本の選手より純粋で話を聞いてくれるくらいです。やはり子供たちはより上手くなってプロになりたいと頑張っています。私の最大の思い出でもありますが、2017年に指導していた広州富力U-12チームは日本で参加したワールドチャレンジでアーセナルなどを破り、2018年のU-12チームは全国大会で優勝しました。そして19年にはU-10チームでも全国優勝ができたりと、つまり中国の子供たちも適切な指導があれば、大いに力を発揮しそのまま伸びてくれます。そのために指導者の育成というのがやはり欠かせません」
「これも中国サッカー育成の良くない面と考えていますが、現在のコーチたちの多くが、自身のユース時代にサッカー学校に通っていました。中国のサッカー学校は文字通り缶詰状態ですので、つまり子供の頃からサッカーのみ、勉強の機会は少なく、人間関係の幅も狭い。これは指導者の立場になった際にマイナスです。知識の少なさからロジカルに指導ができません。私はプロサッカー選手の経験はありませんが、学生時代から指導者を目指し幅広く学んできましたので、彼らの視点にはない角度から指導をすることができ、それを中国人から期待されています」
指導者への指導という形で中国サッカーにアプローチする若杉氏。将来プレミアリーグで活躍する中国人スター選手が現われた際、一見すると日本サッカーとは関係ないように見えるかもしれないが、もしかすると若杉氏が指導した指導者が、彼を見事に楽しませた結果で生まれた、中国サッカー待望のスターかもしません。楽しみです。
(久保田嶺 / Rei Kubota)
久保田嶺
1991年生まれ、埼玉県出身。「Rouse Shanghai Co.,Ltd.」代表。日系企業の中国インバウンド事業やマーケティング、中国サッカー選手/指導者のマネージメントを手掛ける。自身の中国SNSフォロワー数も40万人と中国サッカー界で一番有名な日本人としても活躍。日本へ中国サッカー情報を発信する。