トッテナム新指揮官のポステコグルー、英国で囁かれる期待と不安 日本報道と温度差を感じる部分とは?【現地発コラム】

トッテナムに就任のアンジェ・ポステコグルー監督【写真:ロイター】
トッテナムに就任のアンジェ・ポステコグルー監督【写真:ロイター】

豪州で確立させた攻撃的スタイル、代表と日本を経由してスコットランドへ

 今季スコットランド1部セルティックに3冠をもたらし、スコットランドを完全に制覇したアンジェ・ポステコグルー監督がトットナムの新指揮官に就任して、1週間以上が過ぎた。

 この間、プレミアビッグ6の一角を担うノースロンドンの名門クラブ新監督となった57歳のオーストラリア人監督に関する記事が英メディアにあふれた。詳細な経歴や人物像などさまざまな切り口の報道を読み込んでいくと、スコットランドでの成績が華々しいにもかかわらず、今回の監督人事には期待と懐疑的な目が“ちょうど半々”といった感じで混在している様子が見て取れる。

 まずは期待。どのメディアもこれまでにプレミアリーグ初となるギリシャ系オーストラリア人監督がオーストラリアや日本、スコットランドで指揮したチームを次々と優勝させた事実を非常にポジティブに捉えている。

 そんなポステコグルー監督のキャリアについて振り返っておこう。指導者キャリアの大きな転機となったのは2009年10月16日、オーストラリア1部ブリスベン・ロアー指揮官への招聘。前任のフランク・ファリーナ監督が3年間で2度も飲酒運転の不祥事を起こしたことで解任され、後任候補が乱立する状況であったにもかかわらずポステコグルー監督に白羽の矢が立った。

 とはいえ、これは“晴天の霹靂”と言うべき監督就任だった。というのもポステコグルー監督は前年3月に故国ギリシャでパナハイキ・パトラス(3部リーグ)の指揮官に就任し、そこからわずか10か月で辞任。オーストラリアに戻るとパートタイムでテレビ解説者を務めながら、メルボルンのセミプロチーム「バレン・ゼブラズ」を指導するなど、同国1部リーグの監督就任には全くもって“物足りない経歴”の持ち主だったからだ。

 ところが、ここでポステコグルーは現在に続く攻撃的なポゼッション・スタイルをブリスベン・ロアーで確立。観客を熱狂させたそのスタイルはバルセロナとの類似性から「ロアセルナ」という異名で呼ばれ、2010-11年シーズンにはブリスベン・ロアーを初のリーグ優勝に導いた。さらに翌シーズンは国内4冠を達成している。

 そして2013年10月、オーストラリア代表監督に就任。ここでも前任者(ドイツ人指揮官ホルガー・オジェック)の解任がきっかけだった。14年のブラジル・ワールドカップ(W杯)ではスペイン、オランダ、チリと同組となり3連敗を喫してグループリーグ敗退。とはいえ、その後に世代交代を成功させ15年のアジアカップを制して面目躍如を果たしている。

 その後の経歴は日本のサッカーファンにはお馴染みだろう。2018年シーズンから横浜F・マリノス監督に就任。2シーズン目の19年シーズンにマリノスを15年振りのリーグ優勝に導き、2021年6月にはスコットランドが誇る名門セルティックの監督に。すると、リーグタイトルをすぐさま宿敵レンジャーから奪還した。

「アンジェの最大の力は、選手を優勝に導くレールに乗せる能力だ」

 このギリシャ系オーストラリア人監督の経歴で特筆すべき点は、どのチームにも豊富な運動量でボールを支配し俊敏にショートパスをつないで相手を凌駕する“独自のスタイル”を浸透させ、短期間で優勝をもたらしたことだろう。この実績は、今季プレミア8位に終わったトッテナムのファンにとっては実に頼もしい。

 またトッテナムのチーム状態はこの数年、監督交代が相次ぐなど“崩壊”に近い。ポステコグルー監督の経歴を見る限り、チームを立て直してきた実績も豊富だと言える。それはまさに、チーム再生と強豪復活がテーマとなっている今のトッテナムが新監督に求めた資質だったはずだ。

 さらにはどの報道でも、ポステコグルー監督の“妥協なき姿勢”を取り上げている。英公共放送「BBC」のアレックス・バイサウス記者は、ポステコグルー監督が率いたブリスベン・ロアーで主将だったマット・スミス氏の次のコメントを紹介した。

「アンジェ(・ポステコグルー)の最大の力は、選手を優勝に導くレールに乗せる能力だ。そのためにチームと一丸とならない選手を絶対に許容しない。チーム一のベテランだろうが最年少であろうが、ほかと同じレベルで勝利を熱望しない選手に対しては一切容赦がなかった」

「プレミア初のオーストラリア人監督」という枕詞

 こうした鉄の意志でチームを立て直す手腕を持ったポステコグルー監督に対し、先にも触れた通りネガティブ意見もある。その言葉はさまざまだが、要点はこれまでに一度も超一流クラブを率いた経験がないことに尽きる。今回のトッテナム指揮官就任にあたっては、「スコットランドの成功がプレミアでも通用するのか?」という疑問が巷で大きく浮かび上がっている。

 そして、どのメディアも「プレミア初のオーストラリア人監督」という枕詞でポステコグルー監督を紹介している。オーストラリアを“サッカー新興国”と見なし、不安視する意図が垣間見えそうだ。

 たしかに今季スタート時点におけるビッグ6を見ると、“サッカー大国”出身の監督で占められていたことが分かる。

■マンチェスター・シティ(ジョゼップ・グアルディオラ)/アーセナル(ミケル・アルテタ)=スペイン
■リバプール(ユルゲン・クロップ)/チェルシー(トーマス・トゥヘル)=ドイツ
■トッテナム(アントニオ・コンテ)=イタリア
■マンチェスター・ユナイテッド(エリック・テン・ハフ)=オランダ

 さらに、今シーズン躍進したアストン・ビラやブライトンを率いる監督も“サッカー大国”出身者の例に当てはまる。

 また、興味深いのは監督がサッカー大国の出身者だからと言って、必ずしもシーズンの成績に反映されるというわけではない点だ。リバプールは5位に転落してUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権を失い、オーナーが変わったチェルシーはトゥヘル監督を解任して迷走が始まり12位に。プレミアリーグでは下位チームであっても運営資金が豊富なため下剋上の可能性が満ちており、シーズンを通して一切の油断が許されない。

 そのうえ、トップチームに集まる選手たちは超一流。強豪国の代表選手でクオリティーが高いだけでなく、エゴも強い。そんな選手たちをスコットランドがこれまでのキャリア最高峰で、W杯の決勝に進出を果たしたことがない国の監督がハンドルできるのか――。それこそが、ポステコグルー監督に集中する最大のクエスチョンだろう。

 もちろんこの疑問に対する答えは、ポステコグルー監督が来季の采配で示すしかない。

日本人獲得は絶対的な自身があった場合のみか

 また、ポステコグルー監督がトッテナムに就任してからの報道で日本と“温度差”を感じる部分もある。それは、日本人選手の獲得だ。今季27ゴールを決めてリーグ得点王となった古橋亨梧を筆頭に、引き抜きを期待する声が主に日本の報道からは伝わってくる。

 しかし、ポステコグルー監督がセルティックに6人もの日本人選手を引っ張ってこれたのはあくまで獲得資金の低さによるところが大きい。総額約15億5900万円の支出の内訳は以下の通りだ。

■古橋亨梧:450万ポンド(約8億円)
■前田大然:170万ポンド(約3億円)
■旗手怜央:100万ポンド(約1億7900万円)
■井手口陽介(アビスパ福岡):85万ポンド(約1億5000万円)
■岩田智輝:82万8000ポンド(約1億3000万円)
■小林友希:フリー

 ちなみに、これはスペイン1部レアル・マドリードがドイツ1部ボルシア・ドルトムントへMFジュード・ベリンガム(イングランド代表)を獲得する際に支払った固定の移籍金1億300万ユーロ(約154億円)の約10分の1。スコットランドリーグのレベルや資金力を差し引いても、それだけの額で“コスパ”の良い補強ができたのはポステコグルー監督が日本で得た経験による賜物だと言えるだろう。横浜FMでの指揮を通して、日本人選手がスコットランドで通用する、自分のテクニカルなサッカーを実現するための鍵になると信じられたのだから。

 だからもし、トッテナムにもポステコグルー監督が日本人選手を連れ来るならば、プレミアという舞台、しかもそれもトッテナムという一流チームに混じってもその選手が通用すると判断した場合に限られるはずだ。

 サッカーの監督業というのは、どんなに常識的な安全策を選択したとしても、その決断の全てにリスクが伴うもの。全てがギャンブルなのだ。しかもリーグのレベルが上がるほど、相手の力と対抗策が強化され、物事は思い通りに運ばない。

 けれどもポステコグルー監督はブリスベン・ロアーの指揮官就任の2009年からこれまで、セルティックに6人の日本人選手を加入させたことも含め、自分の信念を貫いて成功を重ねてきた。

 そして57歳で迎えた最高レベルでの戦い。「オーストラリア人」または「所詮スコットランドでの成功」という雑音を封じ、マウリシオ・ポチェティーノ氏(現チェルシー監督)が見せた以上の高みをトットナム・サポーターに見せてくれると期待したい。そこに日本人の“教え子”がいれば言うことなしだ。

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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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