日本代表DF瀬古歩夢、“逆算思考”で目指すW杯出場 欧州挑戦中の22歳が決意「自分の道を作っていけたら」【現地発】

今年3月にA代表デビューを飾った瀬古歩夢【写真:徳原隆元】
今年3月にA代表デビューを飾った瀬古歩夢【写真:徳原隆元】

【インタビュー】3月にA代表デビューも「もっと早い段階でしなければならなかった」

 スイス1部グラスホッパーに所属するDF瀬古歩夢は、3月のウルグアイ代表戦で日本代表デビューを果たし、「重圧も感じながら、いいスタートを切れた」と振り返る。欧州で研鑽を積みながら急成長を遂げるなか、「次のワールドカップ(W杯)に出られればいいと思っている」と決意を口にした。(取材・文=中野吉之伴/全3回の3回目)

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 スイスリーグのグラスホッパーでプレーする瀬古は、3月シリーズで新生日本代表に招集され、ウルグアイ戦とコロンビア戦の両試合に出場している。

 これまで各世代別代表、そして五輪代表と選出されてきた瀬古だが、フル代表招集は新たにどんな思いをもたらしたのだろうか。

「やっぱりサッカーをやっている以上誰しも目指す場所だと思うし、アンダー世代からずっと日の丸を背負わせてもらっていましたけど、A代表となると何かちょっと違うなっていうのは感じました。お客さんの入る数もそうですし、ましてW杯でスペイン代表、ドイツ代表に勝ったっていう歓喜があってより注目されましたし。その後に僕は日本代表デビューをしたので、重圧も感じながら、いいスタートを切れたんじゃないかなと思ってます」

 アンダー世代の時から将来を期待され、22年1月にスイスへ渡るとすぐに出場機会を手にし、チームにおける守備の要としてフル稼働。代表に呼ばれるタイミングは、この時期をイメージしていたのだろうか。

「いや自分自身もっと早い段階で、デビューしなければならなかったと思っています。チャンスは来ると思いながらずっとやってました。アンダー世代、オリンピックの時もずっと選ばれていましたし。今回使ってもらえて本当に良かったと思います。でも2試合連続で使ってくれたにもかかわらず、ああいう失態をしてしまった自分は正直情けないと思いました。いい経験だったと受け止めています」

 瀬古はカタールW杯前のドイツ遠征で代表に一度招集されている。大会直前の代表チームの活動から瀬古自身もいろいろと感じるものがあったという。

「ワンチャンあるかなとも思っていたんです。結構緊迫したなかでの合宿でした。途中からぱっと入り切れていなかった自分がいたと思います。多分誰しもが感じると思うものでしたね。悔しい部分もありながら、次のW杯に備えようって、自分自身決意をしたうえで、今回初めての代表があったという感じです。次の3年後のW杯に出られればいいと思っているし、そのためにね、自分がずっとここでやってるというわけにもいかん。ステップアップしないといけないと思っています。そういうふうに逆算しながら自分の道を作っていけたらいいなと思っています」

欧州で目指すステップアップの道「チームでしっかりやっていれば見てくれている」

 自身のキャリアをイメージしながら、日々全力で取り組んでいるのが瀬古だ。グラスホッパーへの移籍を決断した背景には、そこからパートナーシップのあるプレミアリーグのウォルバーハンプトンへのステップアップの可能性があるから、というのもあったという。

 プランニングするとやるべきことが明確になる。だがステップアップはプランどおりに自分でコントロールできるものではない。試合に出場し続けても、結果を出し続けても、相手に獲得する意志がなければ成立しない。

「逆に焦りが生じたりはしない?」と尋ねてみたところ、瀬古は「ないです」と即答した。

「マイペースなんで、そういうのを意識しすぎちゃうと良くない。焦らないといけないっていうのは分かっているんですけど。そう簡単にね、ポンポン行けるわけがない。自分でコントロールしながら、自分のペースでやっていけたらいいとは思ってます。なんかずっと焦ってやってたら、私生活も焦っちゃいそうじゃないですか。チームでしっかりやっていれば見てくれていると思っています。難しいですけどね」

 チューリッヒ郊外に練習場を構えるグラスホッパーは、サッカーに集中できる環境が整っているのがいいと瀬古は言う。雑念を振り払い、サッカーに集中して取り組む毎日を瀬古は気に入っているようだ。

「もう周りが自然ですからね。マジで自然いっぱいなんで、心が豊かになりますよ。みなさんもスイスへぜひ(笑)。物価は高いけどね」

 スイスリーグ有数のセンターバック(CB)に成長したのは間違いない。さらに豪快で、さらに繊細で、さらに規格外の選手になるために――。瀬古は戦い続ける。

[プロフィール]
瀬古歩夢(せこ・あゆむ)/2000年6月7日生まれ、大阪府出身。中泉尾JSC―セレッソ大阪U-12―セレッソ大阪U-15―セレッソ大阪―グラスホッパー(スイス)。2017年にC大阪最年少となる16歳11か月でトップチームデビュー。20年には史上4人目となるJリーグのベストヤングプレーヤー賞、ルヴァンカップのニューヒーロー賞の新人賞ダブル受賞。22年1月にグラスホッパーへ完全移籍した。19年のU-20ワールドカップに出場。21年11月に21歳でA代表初選出。23年3月のウルグアイ戦では22歳でA代表デビューを飾った。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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