三笘薫の卒論は「極めて稀なケース」 筑波大恩師に訊く“ドリブル研究秘話”「非常に努力があった」

筑波大学時代の三笘薫【写真:Getty Images】
筑波大学時代の三笘薫【写真:Getty Images】

【インタビュー】大学時代の集大成に残した卒業論文はどう生まれたのか

 今季プレミアリーグでブレイクを遂げた三笘薫は、昨年のカタール・ワールドカップ(W杯)を経て、世界最高峰リーグで輝きを放つ日本人アタッカーへと成長を遂げた。「FOOTBALL ZONE」では三笘の“過去”に迫るべく特集を展開。大学時代、ドリブル研究に没頭しその成果として残した卒業論文にまつわるエピソードを、筑波大蹴球部で4年間指導した小井土正亮監督に訊いた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・橋本 啓)

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 プレミアリーグでの活躍を受け、三笘の“無双ドリブル”は世界から注目を浴びた。海外メディアはこぞって三笘が歩んだキャリアを紐解いたなか、ある1つの事実に脚光が当てられた。

「ドリブルの学位を持つ選手がプレミアリーグを席巻しているのは、驚くべきことではないのかもしれない」。英紙「デイリー・メール」がこう綴って熱視線を送ったのが筑波大時代に作成した卒業論文。そのテーマがドリブルに特化されていたため、ひと際注目を集めた。

 卒論のテーマは「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」。自分も含めたドリブルの優れたグループとそうでないグループでは何が違うのか、頭に小型カメラ「GoPro」を着けボールを持って走りながら、実際の撮った映像を解析。相手の視線がどこにあり、どう反応するかをひたすら研究した。

 三笘が卒論のテーマを提示してきた当時の様子を、小井土監督は「ドリブルを極めたいとか、もっと深く考えたい意思は感じました」と振り返る。ドリブル研究へ強い意気込みを見せていた三笘の姿は、今もはっきりと脳裏にある。

「1人だけですべてを決めたわけではなかったんです。体育専門学群にはスポーツ心理学の研究室の学生たちもいるんですけど、彼らは実験系の研究をよくやっているので、三笘は彼らにアドバイスを求めてやり方を聞いて、最後は自分で決めたという形でしたね」

 研究室では個々が自由に卒論テーマを設定し、それに基づいて研究を重ねる。小井土監督の印象として、学生たちがテーマに選ぶものとして多いのは、ゲーム分析系だという。試合を観て、統計データを炙り出せば必然的に結果が出るため失敗は少ない。

 一方で、三笘のように実験型のテーマを選ぶのは「極めて稀なケース」であるようだ。

「ドリブルに限らず、実験をしてデータを取ってどんな差があるのか、仮説検証型の研究というのは難しいですし、それを選択するのは珍しいタイプですね。テーマ設定によっては違う結果が出てしまい、やり直しというケースもあり得るので」

他大学の学生からも「参考論文に使いたい」という問い合わせが殺到

 掲げたテーマを解き明かす作業は実際、困難を伴うものだったが、理想の姿に向けて努力を惜しまない三笘のキャラクターからして、決して生半可な思いでなかったのは想像がつく。自分の武器を効果的に生かすにはどうすべきか、実際に完成した卒論に対して、小井土監督の評価は文句なしだった。

「目的があって、それに基づいた方法で進めたなかで出た研究結果をしっかり統計をかけていました。自分が得意とするドリブルに、熟練者と準熟練者について有意な差があるのかどうか検定し、考察してという、いわゆる研究の雛形ではありますけど、出来として評価できるものでしたね。研究が失敗する可能性もあることを分かったうえで、取り組んでいたという意味では、卒論のレベルとしては非常に努力があったなと思います」

 研究の結果、ボールを受ける際にほかの選手とは見ているであろう対象に違いがあると分かった。熟練者は相手との間合い、スペースを把握することに重きを置き、視線をまっすぐ伸ばしてドリブルしている点で差があったのだ。

 この論文は多くの反響を呼び国内外のメディアだけでなく、他大学の学生からも「参考論文に使いたい」という問い合わせが殺到したという。波及効果について小井土監督は「どれだけサッカー界へ寄与したのかは分からない」と言いつつ、期待を寄せる。

「後輩たちもただサッカーを頑張るだけではなく、より深くサッカーを学ぶ、考えるというふうになってほしいなとは思います。今、三笘が到達したキャリアへ思うこととしては、率直に凄いなというのがいち指導者としての感想です。彼のキャラクターを踏まえれば、まだまだ成長してくれるんじゃないかなと」

 川崎フロンターレの下部組織からのトップチーム入りを時期尚早と断った三笘は、大学サッカー部で心身を鍛え上げその集大成として困難の伴う実験型の論文を残した。小井土監督曰く、目標に向けて論理的に課題を解決し「自分を変えていける」のが、三笘の真髄。プロになるだけでなく「世界の一流プレーヤー」になる強い意思が、この論文には込められていると言えるのかもしれない。

[プロフィール]
小井土正亮/1978年4月9日生まれ、岐阜県出身。各務原高校から筑波大へ進学。蹴球部でのプレーを経て、卒業後は筑波大大学院に通いつつ水戸ホーリーホックでプレーした。現役を1年で引退し、その後は02年の大学院修士2年次より蹴球部のヘッドコーチに就任。大学院修了後は04年に柏レイソルのテクニカルスタッフ、05年から10年まで清水エスパルスのアシスタントコーチ、13年にはガンバ大阪のアシスタントコーチを歴任。14年より筑波大学体育系助教となり、蹴球部ヘッドコーチを経て、同年途中から監督に就いた。

(FOOTBALL ZONE編集部・橋本 啓 / Akira Hashimoto)



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