日本代表がW杯でおそらく直面する「ハイプレスの壁」 繰り返される戦術問答…今のところ「マンCが正しい」
【識者コラム】日本代表がW杯で戦術問答の最先端を経験する意義は大きい
2008年から始まったFCバルセロナの黄金時代を目の当たりにして、バルセロナ化を試みるチームがいくつかあった。が、すぐにいったん終息した。だいたいボールポゼッションは向上するのだが、ボールを運ぶのに時間がかかるために相手に引かれてしまい、引かれると崩せないという問題に直面した結果、「うちのチームにリオネル・メッシはいない」という捨て台詞とともにバルサへの道を諦めていったわけだ。終点も考えないでバルサ化したのかとは思ったが、あの時代のバルサを見れば真似したくなるのも無理はない。
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その頃一方で、引かれると崩せないという問題を違う角度から解消したのがユルゲン・クロップ監督を筆頭とする「ゲーゲン・プレッシング」や「ストーミング」と呼ばれたプレースタイルだった。崩せないなら崩れているうちに攻撃すればいい。つまり敵陣でボールを奪ってしまえば相手の守備はほぼ崩れているので、とにかく早く敵陣にボールを入れて、そこでいったん奪われてもプレスすればいいだろうという、少々乱暴ながら説得力と迫力のある戦術は、メッシのような切り札を持たない世界中のチームの希望になった。
で、現在はどうなっているかというと、ストーミング派(そんな派があるかどうかは知らないが)の巨頭だったクロップ監督率いるリバプールでさえ、マンチェスター・シティに寄せてきている。周知のとおり、シティはかつてバルサを率いたジョゼップ・グアルディオラ監督の下にバルサ型の戦術をアップデートしてきた。
繰り返される戦術問答において、今のところ「シティが正しい」という形で決着しているのは、ストーミング派が非を認めたというよりボールを支配して押し込めたほうが敵陣でのボール奪取にとって効果的だと気づいたからだ。ただ、リバプールのようにシティに寄せられるほどの資金力のない大半のチームは、ストーミング派として現状維持または尖鋭化、あるいは少しだけシティに(リバプールに)寄せるという対応になっている。
おそらく次のフェーズは、「ハイプレスの壁」だ。
ロングボールで早く攻め込もうと、ポゼッションでじっくり押し込もうと、そのまま敵陣でプレスしてボールを奪うのが難しくなっているのだ。トップクラスのチームにハイプレスが効くのはせいぜい30分まで。その間も深追いすれば逆にプレスを外されてカウンターされる危険と隣り合わせになる。奪えなければ引かざるを得ず、双方がトップクラスの場合、どちらも撤退守備とボール支配、時折のカウンターアタックというハンドボールやバスケットボールに近い試合の構図になっていくのかもしれない。
ワールドカップでスペイン代表と対戦する日本代表は、おそらく「ハイプレスの壁」に直面する。敵陣で奪うのは困難なので、次善の策は前に出てくる相手のディフェンスライン近くで奪うことだ。少し撤退してのミドルプレスが主体になる。しかし、時間の経過とともにさらなる撤退も余儀なくされるだろう。ボール支配力なしの撤退守備だけで、いかにこの試合を乗り切るかが課題になる。ただ結果がどうあれ、戦術問答の最先端を経験する意義は大きいということだけは言えそうだ。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。