五輪代表で「プレースタイルを変えた」 名ボランチが語る“転機”…福西崇史×山口蛍対談【後編】

福西崇史氏がヴィッセル神戸のMF山口蛍を選出【写真:井上智博】
福西崇史氏がヴィッセル神戸のMF山口蛍を選出【写真:井上智博】

【月間表彰】「月間ベストアグレッシブプレーヤー」のMF山口蛍が語るキャリアの転機と五輪

「DAZN」のパートナーメディアで構成される「DAZN Jリーグ推進委員会」では、各月ごとに各部門の表彰を実施している。「Football ZONE web」では、現役時代に強靭なフィジカルと戦術眼を武器に日本代表としても活躍した福西崇史氏に、その月に最もアグレッシブなプレーを見せた選手を表彰しているが、6月はヴィッセル神戸のMF山口蛍が選出された。

ボランチとして日本代表にまで上り詰めた2人だが、守備をするようになったのはプロになってからという、意外な共通点が対談のなかで明らかになった。2012年のロンドン五輪を戦ったU-23日本代表に選出されるようになってから、プレースタイルを大きく変えたという山口が、当時のチームと現在のU-24日本代表の違いを語るとともに、メダル獲得に大きな期待を寄せている。

   ◇   ◇   ◇

――山口選手は、福西さんの現役時代のプレーはご覧になられていましたか?

山口 ワールドカップ(W杯)の時とかは見ていました。フィジカルも強く、参考にする部分はたくさんありました。

福西 ありがたいですね。ただ、僕は2008シーズンでJリーグを引退して、山口選手は2009年にJリーグデビューをしているので、対戦したり一緒にプレーしたりすることができなかったのは残念ですね。体感してもらったら、もっと分かってもらえたでしょうし、逆に僕も山口選手を相手にしたら大変だったと思うんです。めちゃめちゃ嫌だなというのは、見ているだけでも思いますから、実際に対戦したら、それがもっと分かったはずです。逆に味方にしていたら、ものすごい有難みを感じられたでしょうね。

――山口選手はJリーグのトラッキングデータでも、全体で5位という運動量でした。両方のペナルティーエリア付近で決定的な仕事ができるとなれば、相手からしたら嫌な存在ですよね。

福西 それはそうですよ。ボールのあるところに山口選手がいるんですから。それは意識しないといけないですし、嫌な選手の1人ですよ。現代サッカーは、走れないといけませんからね。

山口 それは思いますね。

福西 だから、僕はその時代ではなくて良かったです。僕は周りを走らせて生きてきましたが、今は自分も走らないといけないので大変だろうなと思います。

山口 僕も、もともと走ることは得意じゃなかったんですよ。ユースの時とか、プロに入りたての時は、今のように走っていませんでした。試合に出始めてとか、自分が試合に出るためにはどうしたらいいんだろうといろいろ考えた時に、「もっと運動量を増やさないといけない」とすごく思いました。

 それが決定的になったのは、関塚隆監督の時のオリンピック代表が始動して、自分もコンスタントに呼ばれて、試合にも使ってもらっていた時です。その時にそういうプレーをしていて、「自分が生きていくためには、こういうことをしないといけないな」と思って、その時からプレースタイルを変えて、今に近いような形になっていきました。

福西 そうだったんですね。僕もFWとしてプロに入って、プロになってからボランチになりましたが、山口選手も大きくプレースタイルが変わったんですね。

山口 はい。僕もユース年代の時はトップ下とか、2トップの1枚をやっていたので、もっと攻撃的な選手でした。結構、さぼったりもしていたのですが、そのままトップに上がっても最初は全然ダメでしたね。

福西 もう僕と一緒ですね。だって守備したことなかったでしょ?

山口 はい、あんまりやっていなかったです。

福西 そういう選手は守備をしなくていいですからね。ユースとかでも。僕はもっと弱小チームだったので、もう守備なんてすることがありませんでした。プロに入ってから、すごい壁にぶつかった感じでした。

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