英国サッカーから人種差別が消えない理由 涙の19歳に卑劣な投稿、高まる撲滅への機運

涙を流すサカ(中央)を慰めるイングランド代表の選手【写真:AP】
涙を流すサカ(中央)を慰めるイングランド代表の選手【写真:AP】

【イングランド発コラム】EURO決勝のPK敗退直後に起きた信じられない投稿

 個人的には“まさか”と思った。それはそうだろう、まだ少年と言える19歳が放ったPKがセーブされ、イングランドの欧州制覇の夢が砕けたのだ。ブカヨ・サカは人目もはばからず号泣した。その様子から、激しい慟哭がテレビ画面を通しても伝わってきた。まさに心が砕け散ったかのように肩を震わせて泣いていた。イングランドを心から応援していたが、この涙を見たら優勝できなかったことなどどうでも良くなった。とにかくサカの精神的なダメージが心配だった。

 ところが、だ。このPK失敗の直後から、こともあろうにそんな痛ましいサカが黒人であるということを貶める投稿がSNSに次々と出現した。こちらの心も一緒に粉々になるような19歳少年の悲しみを見ても、そんないわれのない侮辱の言葉で彼をけなすのか――。本当に信じられない気持ちだった。

 しかし、これが現実なのである。英国には人種差別がある。これは歴(れっき)とした事実だ。

 当然ながら、一目で伝統的な英国人(つまり白人ではない)ではないと分かる筆者も、そして筆者の子どもたちも、人種差別という卑劣で残酷な意識のターゲットになった経験がある。もちろん、そのすべてをここに記すスペースはないので、少しだけ息子の話をする。

 今年、マンチェスター大学で博士号を取得中の長男は、イングリッシュの母を持ち、英国の首都ロンドンで生まれて、ケンブリッジ大学を卒業した。しかし、2歳になる寸前にイングランド北西部のチェスター近郊に移住し、圧倒的な白人社会のなかで生活し始めると、東洋と西洋のミックス・チャイルド(英語ではハーフという言葉は“半分”というネガティブな意識を反映させるため、使わない)は、やはり見た目で外国人とされる。そのため「ファック・オフ・ホーム」(お前の国へ帰れという意味だが、人種差別の意識が明確に含まれた侮蔑の表現)と言われたことが幾度となくある。

「僕はイギリス人でロンドンで生まれたというのに、どこに帰ればいいの?」

 そんな息子の呟きを聞いて、心を痛めない親はいない。ただし彼の場合は幸いにも、そんな差別をバネにして、世界でも有数の難関ケンブリッジ大学に入学した。勉強して、差別のない実力の世界に行こう。こんな偏狭な白人だらけの田舎の村から出て行こうという思いが、彼をケンブリッジに入学させた。しかし、こうした形で差別を努力で乗り越えられたという人間は幸運だ。一方、いわれのない差別に傷つき、自信をなくし、希望もなくし、人生を間違えるという例は枚挙にいとまがない。

森 昌利

1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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