フランスはなぜ敗れたか 脳裏に浮かぶ「オシムの金言」…大きかった“バランサー”不在

見つからなかった最適解、2004年大会に似ていた負のスパイラル

 4-2-3-1に戻し、グリーズマンは持ち味を出せるトップ下へ。ムバッペはW杯と違う左サイドだが、こちらのほうが本人は得意だ。マテュイディの左がトリッソの右になっただけの、最もシンプルな解決方法と言える。ところが、これがあまり機能しなかった。そうこうしているうちにポルトガル戦(2-2)で左サイドバックのリュカ・エルナンデスとリュカ・ディニュが立て続けに負傷するアクシデントが発生した。

 ラウンド16のスイス戦、クレマン・ラングレを先発させて3バックに変更。ラビオは左ウイングバック。グリーズマンはポグバとともにインサイドハーフを担当し、ムバッペとベンゼマの2トップ。これがハマればグリーズマン、ムバッペ、ポグバの誰もが得意なエリアでプレーできる。

 ついに見つけた最適解かと思われた。しかし、ラングレはセフェロビッチを抑えられず、先行されたこともあって後半からキングスレイ・コマンに交代した。

 最後のフォーメーションは4-4-2。ベンゼマ、ムバッペの2トップは良いとして、右サイドハーフのグリーズマンはウイング以上に持ち味を出しにくい。左にウイングプレーヤーのコマンが入って4人が前のめりになったことで、カンテとポグバの負担は大きくなった。結果として守備がユルユルに。

 2004年大会でジネディーヌ・ジダンとロベール・ピレスを両立させ、ティエリ・アンリとダビド・トレゼゲの2トップも生かそうとした結果、どんどん袋小路に入っていった時と似ていた。

「エクストラキッカーは1人か2人」

 イビチャ・オシム監督の金言だ。グリーズマンとポグバ、さらにベンゼマとムバッペも活用しようというのに無理があったのだろう。もっともオシム自身、2007年アジアカップで中村俊輔、遠藤保仁、中村憲剛を並べて自ら禁を破ったように、この誘惑は監督にとって抗しきれないものがあるようだ。マテュイディという要が外れ、漂流したフランスはどこにも行きつけないまま、あえなく難破してしまった。

(西部謙司 / Kenji Nishibe)


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西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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