歴代EUROと「ワンタイム・ヒーロー」 W杯では見られない意外性と“ひと夏の夢”

EURO2004を制したギリシャ代表【写真:Getty Images】
EURO2004を制したギリシャ代表【写真:Getty Images】

【識者コラム】EUROで誕生した意外性に満ちた優勝チームと選手たち

 欧州選手権(EURO)は意外性の大会だ。ワールドカップ(W杯)は最終的に収まるべきところへ収まり、優勝すべき国が優勝するがEUROは違う。

 1960年に行われた第1回大会の優勝国がソビエト連邦というところがいかにも。時はまだ東西冷戦時代。ソ連は東の強大国で、五輪では強かったがW杯での実績はないに等しかった。番狂わせではないが、この大会っぽくはある。

 1972年、西ドイツ(当時)が優勝。ギュンター・ネッツァーが輝いた。しかし、ネッツァーが国際舞台で本領を発揮できたのは、この時だけなのだ。フランツ・ベッケンバウアー、ボルフガング・オベラーツと並ぶ大物で当時は世界最高のプレーメーカーだったのに、W杯とは縁がなかった。金色の長髪をなびかせ、イマジネーション溢れるプレーぶりは、いかにもこの時代、この大会のヒーローと言える。

 1976年、前回大会とW杯を制した西ドイツの連覇を阻止したのはチェコスロバキア。PK戦にもつれ、そこで伝説の「パネンカ」が飛び出す。GKを嘲笑うようなアントニン・パネンカのチップキックだ。パネンカは技巧派の名選手だったが、あのPKがなければここまで知られていなかっただろう。

 1980年、西ドイツが2度目の優勝。若きベルント・シュスターが印象的だった。長身で金髪のMFはネッツァーと似ていたが、ネッツァーと同じくW杯には縁がなく、西ドイツ代表とも確執があって長く距離を置いていた。スペインではバルセロナ、レアル・マドリード、アトレティコ・マドリードで活躍。3大クラブを渡り歩いた珍しい選手だった。

 1984年はフランスが初優勝、ミシェル・プラティニの大会となった。プラティニは80年代のスーパースターだが、最も輝いたのがこの時のEUROである。W杯も3回出ているが、いずれも負傷でいまひとつ。ベストのプラティニが見られたのが、この年のEUROなのだ。

 オランダ初優勝の1988年はルート・フリット、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトのトリオが活躍。ACミランの3人だが、2年後のW杯ではラウンド16で敗退。92年のEUROも準決勝で敗れ、オランダトリオも不完全燃焼に終わっている。その92年に優勝したのがデンマーク。ユーゴスラビアが内戦のために締め出され、急きょ代替出場していた。もちろん初優勝、EUROらしいひと夏の夢である。

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西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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