リオ世代の反骨心が宿った矢島の韓国戦同点ヘッド 「このチームで優勝したいと思っていた」

リオ世代の中心も浦和では苦戦

 さいたま市出身の矢島は、地元のJ1浦和のジュニアユースからユースを経て、2012年にトップ昇格を果たした。相手のタイミングを外したシュートなど持ち味を発揮してレギュラー争いに参戦したが、日本代表経験者がズラリと並ぶ中では思うように出場機会を得られなかった。そうした中でもチームの立ち上げから、手倉森監督に継続的に招集された。矢島自身も「この(世代別)代表は、自分にとって本当に大切なもの」と話したこともある。そして、15年にJ2岡山へ期限付き移籍。チームの中心的な存在としてプレーする機会を得ていた。

 それだけに、「監督を胴上げした瞬間に、優勝したんだなと思いました」と、喜びもひとしおだった。

 この世代はU-20ワールドカップへの出場権を逃し、矢島のように所属チームで出場機会を得られない選手も多かった。そうした状況に、“狭間の世代”というありがたくないネーミングでも呼ばれた。しかし、世代別代表としての集大成となるU-23代表として、アジアチャンピオンの座を勝ち取った。そうした意味でも、決勝戦だけなく世代全体としても“逆転勝利”を収めたとも言えるだろう。

「勝てない、勝てないと言われてきた中で、勝負強さを身に着けたのが大きかった」

 延長戦にもつれ込んだイラン戦、試合終了間際に決勝ゴールを挙げたイラク戦、そしてこの大逆転で勝利した韓国戦と、決勝トーナメントに入ってから際どい勝負をことごとくものにしてきたチームに自信を見せた矢島。リオの本大会でも、ここぞという時に存在感を発揮するアタッカーが躍動してくれるはずだ。

【了】

サッカーマガジンゾーンウェブ編集部●文 text by Soccer Magazine ZONE web

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images

 

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