冷静沈着、威厳、頭脳明晰さ… 長谷部誠が刺激するドイツ人の“リベロ愛”と郷愁

チームの守備を統率し、整え、攻撃でも落ち着き払ったビルドアップの軸になっている長谷部【写真:Getty Images】
チームの守備を統率し、整え、攻撃でも落ち着き払ったビルドアップの軸になっている長谷部【写真:Getty Images】

“皇帝”ベッケンバウアーら名リベロを輩出 長谷部の姿に栄光の日々を重ね合わせる

 ドイツでの長谷部誠の評価がなかなか凄いことになっている。「35歳でますますキレている」「ボールの吸引力がハンパない。ウチの掃除機にほしい」「戦士だ」「年齢10歳サバよんでるんじゃないか」などなど、ファンやメディアからの称賛が相次いでいる。

 確かに長谷部のプレーぶりは素晴らしい。フランクフルトの守備を統率し、整え、攻撃でも落ち着き払ったビルドアップの軸になっている。3バックのセンターで新境地を拓いた。そして「リベロ」と呼ばれるこのポジションも、ドイツでの人気に拍車をかけているのではないか。

 ドイツは名リベロを輩出してきた。1970年代のフランツ・ベッケンバウアーにはじまって、ローター・マテウス、マティアス・ザマーなど、その時代の名手が代表チームでリベロを務めていた。

 リベロはイタリア語で「自由人」の意味だが、もともとはマークを持たないフリーマンにすぎなかった。他の味方がマンツーマンで相手のアタッカーをマークし、背後でカバーリングを担当する。この守備専門の掃除人に新たな概念を加えたのがベッケンバウアーで、それ以前にも攻撃するリベロは存在していたものの、「皇帝」のプレースタイルが与えた影響が決定的だった。

 ベッケンバウアーは、フリーマンであることを攻撃面でも活用した。フリーで味方からボールを預かり、攻撃を組み立て、時にはフィニッシュまで絡んでいった。フィールドの縦軸を支配するスタイルは、オールラウンダーの理想像とされた。

 ベッケンバウアーがそうだったように、多くの名リベロが元MFである。マテウス、ザマーもそう。筆者にとって印象的だったオラフ・トーンもシャルケの攻撃的MFだったが、リベロに転向して成功を収めている。トーンは小柄で俊敏なMFだったが、負傷の影響で運動量を抑えるためにリベロにコンバートされていた。リベロとしてプレーした時期は短期間だったが、マテウスやザマーより上手かったと思う。

 ドイツはリベロを置いたシステムで栄光を築いてきたためか、4バックのゾーンディフェンスへの移行が非常に遅かった。強豪国の中でも最後と言っていい。ワールドカップ(W杯)で言えば、2006年ドイツ大会でようやくゾーンに変わっている。1990年代はさすがにかつてのようなマンツーマン方式とは変わっていたが、リベロ自体は存在していた。


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西部謙司

1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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