消去法で選んだ中体連「有名ではなかった」 東京名門のエース…人生を変えた2人の人物

名門・帝京高校の3年生FW東江心平
「自分のストロングポイントをとことん突き詰めて、練習後とか朝練でやり続けてきたので、それが今の自分の自信になっています」
【PR】日本人選手の活躍を毎節無料で!ABEMAでブンデスリーガ放送中!
自分の武器を信じ、ひたすら磨き続ける。その信念を貫いてきた男が、名門・帝京高校のエースストライカーとして輝きを放っている。
3年生のFW東江心平(あがりえ・しんぺい)は抜群のスピードと鋭い動き出しを武器に相手DFの背後を取り、正確なシュートスキルでゴールを陥れるストライカーだ。
今季のプリンスリーグ関東1部の開幕戦・山梨学院戦でのハットトリックを皮切りにゴールを量産し、10ゴール(帝京の総ゴール数は23ゴール)で同リーグの得点ランキングのトップに立つ。そして、10月24日に行われた全国高校サッカー選手権東京都予選Bブロック準々決勝の拓大一高戦でも、持ち前の得点感覚を発揮した。
ゴール前のこぼれ球に素早く反応して先制点を奪うと、鮮やかなカウンターから右足を一閃。強烈なシュートを突き刺し、3-0の勝利に大きく貢献。3回戦の目白研心戦に続く2試合連続の2ゴールを叩き出した。
「FWとして点を決めないと今後上にいけないので、意地がありました。とにかく今日は結果を出したかった」
帝京の13番を背負い、ゴールという結果でチームを牽引する東江。だが、ここまでの道のりは決してエリート街道ではなかった。
千葉県船橋市出身。小学生時代は地元の芝山東FCでプレーしていた彼は、中学進学を控えた時期に鎖骨を骨折してしまう。
「長い期間プレーができなくて、その時の僕は全然有名選手ではなかったので、そのままどこからも声がかからず、どこのセレクションにも受けに行くことができず、そのまま進学した中学のサッカー部でプレーすることになりました」
進学先は船橋市立芝山中学校。いわば消去法で選んだ中体連の道だった。しかし、東江はそこで腐ることなく、むしろ自分の可能性を信じていた。
「どんな環境でも関係なく、自分の好きなサッカーをとことん突き詰めて、どんどん上に行ってやろうと思っていました」
その言葉通り、彼は最大の武器である裏への抜け出しに徹底して磨きをかけた。そして、サッカー部で2人の恩師に出会ったことが、その後のサッカー人生を大きく変えた。1、2年時に指導を受けた秋原翔先生と、3年時の境谷主先生だ。
「秋原先生には中1の時から中3の試合に出させてもらって、僕の実力を高く評価してくれました。中1の終わりくらいから市立船橋高の練習に参加をさせてもらったり、最初からいろいろな刺激を与えてくれました。境谷先生も僕の武器を評価して磨いてくれて、進路面でも帝京高をつなげてくれたんです」
2人から教わったのは、動き出しのタイミングやGKとの1対1の駆け引き。自分の長所を理解し、それをさらに伸ばしてくれる指導者との出会いは、何物にも代え難かった。
全国は遠く、中学最後の大会では県大会準決勝で敗れ、関東大会にも届かなかった。だが、中学3年間で千葉県トレセン、千葉県中体連トレセンにも選ばれ、恩師がつないでくれた縁もあって、名門・帝京高へとステージを上げた。
もちろん名門での競争は厳しかった。2年時にはトップチームに昇格したものの、インターハイ前に同学年のFW山田知希と入れ替わる形でBチームに降格。その後はシーズンを通してBチームでプレーした。
「その出来事も悔しくて、悔しくて。もっと自分を磨かないといけないと思って、よりがむしゃらに取り組むようになりました」
ここでも彼が選んだのは、自分の武器を徹底して磨くことだった。裏抜けのタイミング、GKとの1対1。朝練でも全体練習後でも、何度も、何度も繰り返した。
迎えた3年生。積み重ねてきた努力は、開幕戦のハットトリックという最高の形で実を結び、そこからカナリア軍団のエースストライカーの座をガッチリと掴み、高校最後の選手権予選でもその能力を惜しみなく発揮している。
ちなみに、少し珍しい『東江』という名字は祖父のルーツである沖縄に由来する。本人は生まれ育った千葉から、帝京のエースへと駆け上がった。
「帝京にはプロになる(渡辺)莉太(横浜FC内定)をはじめいい選手はたくさんいますが、その中でも自分が一番本当に輝いていたいんです。僕には莉太みたいな技術や上手さがないし、DF石田悠人とかDF小山凱成みたいに高さとか強さがあるわけじゃないので、自分がずっと磨いてきた動き出しの武器だったりとか、最後の1対1のところで勝つということを自分は突き詰めてやってきたんです」
自分にないものを嘆くのではなく、自分にあるものを誰にも負けない武器にする。環境が変わっても、その姿勢だけは一度もぶれなかった。
「チームのために最後まで走って絶対に全国の切符を掴んで、全国でも得点を取って全国優勝したいです」
2人の恩師に育まれた武器を携え、帝京の13番は走り続ける。その先に待つ全国の舞台で、自らのゴールによって名門を頂点へと導くために。
(安藤隆人 / Takahito Ando)
安藤隆人
あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』、新刊は『ともに歩き出す サッカーと家族と新しい日常』(ともに徳間書店)。講演家としても全国を回っている。元・名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター(2022年〜2026年4月)、現・國學院大學体育連合会蹴球部コーチ。






















