名門ルーキーが刻む「Jリーグに来たぞ」 大きな期待も襲われた2つの病魔…“元気印”の復活劇

川崎の山市秀翔【写真:増田美咲】
川崎の山市秀翔【写真:増田美咲】

苦難を乗り越え輝きを放ち始めた山市秀翔

 その男が背負うユニフォームの背中には、「25」の数字が刻まれている。

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 このクラブでは、守田英正がボールを刈り取り、田中碧が攻守に躍動し、川崎から世界への階段を駆け上がっていった者の番号でもある。いわゆる、出世番号だ。川崎フロンターレにおける背番号25とは、単なるナンバーではないのである。

 早稲田大学から大きな期待を背負って加入した春。ルーキーながら副キャプテンを託されるという抜擢を受けた山市秀翔は、その番号の意味を理解していた。今年、新加入選手会見でこんな風に噛み締めている。

「田中碧さんがつけたと聞いて、すごくいい番号だなっていうのがありました」

 自らの足元をじっと見つめ、一歩ずつ着実に前へ進もうとしていた。

 ところが、華々しい歓声に包まれるはずだったプロの門出は、ボールを蹴ることすら許されない日々が続くこととなる。

 それは、あまりに非情な診断だった。告げられたのは右鎖骨下静脈血栓症、そして右胸郭出口症候群。右鎖骨下静脈血栓症は鎖骨の下を通る静脈に血の塊ができる病気で、右胸郭出口症候群は首から腕に向かう神経や血管が圧迫される症状だ。約5か月の離脱を余儀なくされ、アピールの場となるはずだった百年構想リーグは、ピッチの外から見守ることしかできなかった。

 焦燥がなかったはずがない。だが、深く冷たいトンネルの闇の中で、山市は内なる炎を燃やし続けていた。そして新シーズンが幕開けした8月、待ちに待った瞬間が訪れる。

 ヤマハスタジアムで行われたU-21Jリーグのジュビロ磐田との開幕戦。今季から新設された育成大会だが、ボランチとして解き放たれた山市は、長いリハビリのなかで溜め込み続けてきた飢えとエネルギーのすべてをぶつけるように、中盤の広大なスペースを支配してみせた。鋭い読みでパスコースを塞ぎ、泥臭くセカンドボールを回収する。ボールを刈り取るだけではない。得点を作る組み立てもしっかりとこなした。勝利を決定づけた3点目は、プレスに出てきた相手をいなして前を向き、急所を突く鋭い縦パスを打ち込んでお膳立てしたものだった。

「あそこのディフェンスラインと中盤のラインのところが空いていたんで、どうやって入れようかなと思った時に、剥がしちゃえばいいかと思って。剥がして空いていたので入れたって感じです」

 苦難の時を乗り越え、遠く静岡まで駆けつけたサポーターへ感謝を捧げた後、試合後の山市は噛み締めるようにこう言い放っていた。

「アシストとゴールが取りたい。そういう選手がボランチにいるとチームは勝てますし、結果を出せば、これから上にどんどん上がっていくための要素になると思う」

 9月には、清水エスパルス戦(第6節)で試合終盤にJ1デビュー。

 その後も途中出場で出場時間を増やしていくなか、10月にはついにルヴァンカップ3回戦でスタメン出場を飾る。場所は奇しくも、夏に復帰を果たしたヤマハスタジアム。ただし今度は育成大会ではない。トップチームにおける「プロ初スタメン」の舞台だった。

 与えられたポジションは、慣れ親しんだボランチではなく右サイドハーフ。しかし、指揮官の意図を察知した山市は自分のやるべきことに集中していた。

「自分の良さであるハードワークするところだったり、守備の強度を見せてやろうと思っていました」

 磐田のビルドアップに対し、内側のコースを消しながら、外へボールが出た瞬間に猛然とプレッシャーをかける。サイドバックの背後を埋め、中盤のスペースに戻って挟み込む。ピッチの誰よりも激しく上下動を繰り返し、果敢に攻撃にも出ていった。

 攻守にエネルギッシュに躍動し続けた執念は後半39分に結実する。

 左サイド深くからペドロ・ホマーノが放ったクロスが、美しい放物線を描いてファーサイドへと舞い落ちてくる。その軌道の先へ、誰よりも鋭くスプリントを仕掛けていたのが山市だった。

「前半からあそこのサイドバックの後ろっていうのは、なんか今日行けそうだなと思っていた」

 ボランチ仕込みの空間把握能力が導き出したスペースに文字通り飛び込んだ。勢い余って体は外へと流れかけていたが、頭は冷静だった。

「本当に無我夢中で、ボールが来ている、ちょっと来ているなと思って。でも体が流れちゃっているんで、頭だけしっかり合わせようと。相手GKが触れない感じで落とそうかなと思っていました」

 ネットが激しく揺れた次の瞬間、山市の感情の堤防は完全に決壊している。秋の夜空へ向かって続けた渾身の咆哮。駆け寄る仲間たちにもみくちゃにされながら、拳を何度も、何度も振り下ろした。

「トップチームで結果が出せて、1つ結果につながった。数字として出たんで、本当に爆発しちゃいました」

 プロ初スタメンで初ゴール。試合後、駆けつけたサポーターの前では、トラメガを手に叫び、なぜかゴールネットに走って飛び込むパフォーマンスで沸かせた。その姿は愛されるムードメーカーそのものだった。

 4得点を奪ったこの試合翌日、長谷部茂利監督は山市の起用についてこう触れている。

「右サイドハーフで出ることが多いですが、十分にできているし、彼の長所も出ています。もちろん本人はボランチが一番やりたいポジションだと思いますが、プレーの幅は広がると思います。チームにとっても有益ですし、選手にとっても数年後には有益になると思っています」

 本職ではない場所でのプレーすら、自らの糧にし続ける。

 その翌週21日に開催されたヴィッセル神戸戦(第11節)では、ついにリーグ初スタメンを等々力で飾った。スタメンを言い渡された前日から、胸の奥で強い思いを持っていたと明かす。

「来たぞと。『Jリーグに山市秀翔が来たぞ』っていうのを知らしめてやろうと、そういう意気込みで挑みました」

 相手のクリアボールが宙を舞えば、迷わず落下点へ突進する。球際のバトルで相手の懐へ潜り込み、セカンドボールをもぎ取った。この試合で彼が記録したセカンドボール回収は6回。地上戦でのデュエル勝利数3回は、いずれもチーム最多の数字だった。ピッチ上で泥にまみれ、誰よりも勝利に飢え続ける姿勢。それこそが、背番号25の系譜を受け継ぐ者の真骨頂だった。

 後半14分まで出場し、ピッチを退く際には、等々力のスタンドからは惜しみない拍手が降り注いだ。

 試合は2-1で勝利し、試合後は同僚たちに促され、トラメガを手に叫んでサポーターを沸かせた。続くファジアーノ岡山戦でも途中交代で出場し、中盤の守備強度を上げる役目で勝利につなげた。

 チームは公式戦8連戦の過密日程を戦っているが、現在4連勝中。そこに山市はしっかりと貢献している。ピッチ内外で異彩を放つ元気印が放つ熱量は、これからが本領発揮だろう。Jリーグのピッチに山市秀翔の名を深く刻みつけるための戦いは、まだ始まったばかりである。

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いしかわごう

いしかわ・ごう/北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。

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