結果論で否定される“現実”「風当たりが厳しすぎた」 独SDが鳴らす警鐘…日本代表が学ぶ「教訓」とは

ドイツ代表監督に就任したユルゲン・クロップ監督【写真:ロイター】
ドイツ代表監督に就任したユルゲン・クロップ監督【写真:ロイター】

「言葉だけが切り取られる」…独SDが憂う代表監督の“過酷な現実”

 ワールドカップ(W杯)が終わると、各国では代表監督の去就に注目が集まる。2026年W杯後にも多くの監督がチームを去り、新しい監督探しが進んでいる。日本では森保一監督が2027年アジアカップまで指揮を執り、その後はロサンゼルス五輪を目指すU-21日本代表を率いる大岩剛氏が後任として就任することが決まっている。

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 監督人事を巡って、識者やファンのさまざまな見解が交錯するのは当然だろう。代表監督という仕事は、それだけ大きな注目と期待を集めるものだ。だからといって、誰が何を言ってもいいわけではない。

 その点で、ドイツの一例から考えさせられるものがある。ドイツではユリアン・ナーゲルスマンからユルゲン・クロップへと監督交代が行われたわけだが、そのプロセスでナーゲルスマンへの批判の強さを問題視していたのが、ドイツ代表スポーツディレクターのルディ・フェラーである。

 マインツで開催された国際コーチカンファレンスに出席したフェラーは、壇上での公開対談で代表監督という仕事について、次のように語っていた。

「代表監督という立場には、とてつもない注目が集まります。どんな決断をしても批判は避けられません。ある選手を選べば、『なぜあの選手を外したのか』と言われる。ある戦術を選べば、『別のやり方があったはず』と言われる。交代をすれば、『遅かった』『早すぎた』と言われる。

 ドイツでは何千万という人が代表について意見を持っています。それが代表監督という仕事なのはわかりますし、それをわかったうえで、ナーゲルスマンも監督をしていました。

 ただ、その風当たりがときに厳しすぎたと思っています。もちろん、彼のすべてが正しかったとは言いません。選手選考について議論があるのは当然です。しかし、どんな決断をしても否定的に受け止められる空気ができてしまっていました。その状況では、何をしても評価を覆すことは簡単ではありません」

 代表監督という仕事に批判はつきものだ。それは日本でもドイツでも変わらない。一方で、近年はSNSによって、さまざまな意見が一気に膨らみ、独り歩きしていく傾向も強くなっている。確かなエビデンスがないまま、誰が、いつ、どのように行ったのかも定かではない情報が拡散され、気がつけば大きなうねりとなっていることもある。

すべては結果論で判断される…「家族の訪問」すら批判の的になるジレンマ

 ナーゲルスマンについても、大会中からコミュニケーションに問題があったという指摘がされていた。メディア対応についても、選手との距離感についても、批判的な意見があった。しかし、フェラーの見方は少し違う。

「もちろん改善できる部分はあったと思います。ただ、勝っている時期ですら、『どんな説明をしても納得してもらえない』という空気がありました。監督という仕事を長くやっていると、自分の考えを丁寧に説明する癖がつきます。ナーゲルスマンもそういうタイプでした。しかし、代表監督という立場では、それが必ずしもプラスに働くとは限りません。説明すればするほど言葉だけが切り取られ、本来伝えたかった意図とは違う形で受け取られることもあります。必要以上の批判もあったと思います」

 たとえば「ファミリーデー」と称して家族が宿泊先を訪問できる日を設けたことがかなりの批判を集めている。「大事な大会なのだから、サッカーにだけ集中しなきゃダメだ」「家族との時間を優先しすぎじゃないか?」という論調が多かったわけだが、これに関してもフェラーは「成功するかどうかは、最終的には結果によって判断されてしまう」という見解を口にしていた。

「監督はどんな決断にも責任を負います。うまくいけば、『チームの結束力が高まった』と評価される。逆に結果が出なければ、『家族を呼んだからだ』と言われる。私たちは自分たちが優勝候補ではないことは理解していました。だからこそ、少しでもパフォーマンスを高めるためにどうしたらいいかと、あらゆる可能性を考えました。家族との時間も、その一つの要素でした」

 フェラーは元ドイツ代表のストライカーで、選手としても、監督としても、スポーツディレクターとしてもW杯を経験している。ワールドカップやヨーロッパ選手権のような大会は期間が長い。毎日試合があるわけではなく、当然、選手たちがリラックスする時間も必要となる。

「長い大会では、それがむしろ重要になります。ですから、『笑顔があった』『雰囲気が良かった』ということ自体は、決して悪いことではありません。問題はそこではありません。結局、その大会が『良い大会だった』と評価されるかどうかは、最後にはピッチ上でのパフォーマンスと結果によって決まります。それこそ優勝すれば、『あれがあったから最高の雰囲気だった』と言わたことでしょう」

 インタビュアーを務めたミヒャエル・レオポルドが、「代表監督は、やはり特別な仕事なのですね」とこぼすように語ったのが印象に残った。

 そしてこの言葉は、今の日本代表を考えるうえでも興味深いものがある。現在、日本でも代表監督とメディアとの関係性について、さまざまな議論が起きている。もちろん、代表チームをより良くするためには、メディアが問題点を指摘し、議論を起こすことも必要である。批判そのものをなくす必要はない。

 ただ、その批判が「結果が出なかった」という一点から逆算され、そこに至るまでのプロセスや判断まで一括して否定するようになれば、健全な議論とは言えなくなってしまう。どんな取り組みもよりよくしようと思って生まれていることを忘れてはならない。

 フェラーがナーゲルスマンについて語っていたのは、まさにその部分だった。

 どんな判断にも批判はついて回る。だからこそ代表監督には、周囲の声に耳を傾けながらも、自分たちが何を目指し、なぜその判断をしたのかを明確にすることが求められる。同時に、メディアやファンの側にも、結果だけで1つ1つの判断を評価しない姿勢が必要なのかもしれない。

「これからクロップ監督に一番期待することは何でしょうか?」

 レオポルドにそう尋ねられたとき、フェラーは少し考えてから、丁寧に答えていた。

「まずは自分の信念を貫いてほしいと思います。代表監督になると、周囲からさまざまな声が聞こえてきます。メディア、ファン、OB、スポンサー。本当に多くの意見があります。しかし、そのすべてに耳を傾けていたら、自分たちのサッカーは作れません。クロップには、これまでクラブで築いてきた哲学があります。それを代表でも表現してほしいと思います。もちろん代表では活動時間が限られています。クラブのように毎日トレーニングできるわけではありません。だからこそ、何を優先するのかを明確にしなければならない。短い時間でチームに共通理解を浸透させること。それが代表監督に求められる最も重要な仕事だと思います」

 何をやっても称賛される必要はない。もちろん、何をやっても否定されるべきでもない。アジアカップの後、大岩ジャパンが誕生する日本においても、代表監督とメディア、そしてファンとの間に必要なのは、批判をなくすことではなく、批判が健全に機能するための土台をどう作るかということではないだろうか。

(敬称略)

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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