田中碧がこぼした「サッカーが分からない」 2年前に重なる涙…何度も蘇る“不死鳥”の軌跡

ブラジル戦後は涙しながら取材エリアを通り過ぎた
森保一監督率いる日本代表は現地時間6月29日、アメリカ・テキサス州ヒューストン・スタジアムで行われたFIFA北中米ワールドカップ(W杯)決勝トーナメント1回戦ブラジル戦で1-2の敗戦を喫した。チームはベスト32で敗退が決定。残り1分での失点に関与したMF田中碧(リーズ)は人目もはばからず涙に暮れた。(取材・文=林遼平)
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試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、田中碧は静かに座り込み、仰向けになってシャツを捲し上げ、顔を隠した。少し経ち、長友佑都が起き上がらせ、多くの選手が寄り添った。それでも、涙は止まらなかった。
すべての始まりは、後半アディショナルタイムだった。1-1で迎えた終盤、田中はペナルティーエリア付近で鋭い寄せを見せて相手のボールを奪取した。値千金の対応だったはずだ。しかし、素早く後方に出したボールを掻っ攫われてしまう。ボールを繋がれると、最後はガブリエル・マルティネッリにゴール右へと決勝点を決められてしまった。
人目を憚らず涙を流す田中に寄り添ったのは、キャプテンであり川崎フロンターレの先輩でもある板倉滉だった。「彼は悔しい思いがあると思いますけど、彼がいなかったらここまで来られていないし、こういうサッカーを体現できていない。チームで戦って、チームで負けた、それだけ。誰のミスとかそういう話ではない」。チームメイトの言葉は、田中を責める空気など微塵もないことを物語っていた。
試合後、涙を流しながらミックスゾーンを通り過ぎた姿が、2年前の記憶に重なった。2024年5月、デュッセルドルフはブンデスリーガ2部からの昇格を懸けたプレーオフ決勝でボーフムに大逆転負け(3-3 PK5-6)を喫した。トップリーグでプレーする選手が増える中、昇格を逃したことの重みや焦りがあったことは間違いない。その夜、田中は「サッカーがわからない」と言葉少なに語り、肩を落として帰路へついた。あの涙が、未来の見えない絶望からくるものだったとすれば、今回の涙は最後の最後まで戦い抜いた末の悔しさからくるものだ。同じ涙でも、質は決して同じではない。
あの挫折から、田中はリーズ・ユナイテッドで再び輝きを取り戻した。2024-25シーズン、チャンピオンシップで優勝を果たし、プレミアリーグに昇格。チームの中心として攻守に存在感を放ち、中盤の底から組み立てる姿は、デュッセルドルフ時代とは別人のように映った。しかし今シーズン、出場機会を失う時期があり、日本代表でもボランチのポジション争いで厳しい立場に置かれた。今年3月、英国遠征で出場機会を得たが、重要なイングランド戦では途中出場。当落線上に近い位置にいることは明らかだった。
英国遠征を終えた後も、田中の心は折れていなかった。当落線上の難しい時期にありながら、表情はむしろいつも以上に前を向いていた。
「ここから大反撃です」
英国遠征直後のFAカップ3回戦ウェストハム戦で田中はゴールを奪った。これまで貯めてきた鬱憤を晴らすかのようにピッチを縦横無尽に走り回り、内容でも結果でも自身に価値があることを証明した。
「流石に自分でも驚きですけど、追い込まれれば追い込まれるほど生き返ります」
川崎フロンターレの時も、東京五輪の時も、カタールW杯の時も、常に先頭を走り続けてきた男ではない。何度も挫折しては、何度も底を見ては、努力を重ねて這い上がってきた。「最後に遅れてやってくる」と言い聞かせ、「自分は持っている男なんで」と大舞台で結果を残し続けた。紆余曲折をたどりながらもそれができたのは、自分を信じて突き進んできたからに他ならない。
そこから北中米W杯メンバー入りを勝ち取り、初先発を果たしたグループステージ第2節チュニジア戦(4-0)では攻守に躍動した。鋭い駆け上がりで先制点の起点になれば、田中らしい縦パスを起点に追加点にも関与した。スウェーデン戦では中盤の潰し役として素早いトランジションで何度もピンチの芽を積み、MOM級のパフォーマンスを見せた。板倉が「こういうサッカー」と触れたように、日本代表に求められる高い強度でのハードワークをまさに体現し続けていたのだ。
また、今大会で結果を残したい要因がもう1つあった。背番号7を継承した盟友・三笘薫の存在だ。田中は三笘について「W杯に出られないことは、自分では理解できないほどの感情ではあると思うので、簡単に『彼の分まで』とは言えない」と多くを語らなかったが、選手紹介写真では三笘のゴールパフォーマンスを自ら披露していた。「決めたら薫さんのポーズをやるしかないっしょ」。笑いながら語る姿に、盟友への思いがにじんでいた。それもまた、田中碧という男の人間味だった。
何度も地に落ち、そのたびに蘇ってきた。デュッセルドルフでの絶望から這い上がり、リーズで輝きを取り戻し、出場機会を失っても腐ることなく「大反撃」を誓い、不死鳥のように蘇ってきたのが田中碧だ。ブラジル戦の涙も、終わりを意味するものではないはずだ。仲間に支えられて立ち上がったように、田中はまた、自分の力で立ち上がってくる。そう信じている。
(林 遼平 / Ryohei Hayashi)

林 遼平
はやし・りょうへい/1987年、埼玉県生まれ。東日本大震災を機に「あとで後悔するならやりたいことはやっておこう」と、憧れだったロンドンへ語学留学。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることになった。帰国後、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。














