三笘薫が明かしていた苦悩「まだ100じゃない」 W杯前に無理をした理由…26人に託された“願い”

W杯に臨む日本代表メンバー26人が発表された
日本サッカー協会(JFA)は5月15日、都内で北中米ワールドカップに臨む日本代表メンバー26人を発表した。左太もも裏を負傷したイングランド・プレミアリーグのブライトンに所属する日本代表MF三笘薫は、無念のメンバー外となった。
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森保監督が苦渋の決断を下した。「三笘はこの北中米W杯に向けて自分の力を最大限に伸ばすことにチャレンジした中で、日本代表のチーム力を上げるという思いを持って、常々日常から、代表活動で全力を尽くしてくれていた。本当にこれまでのチームへの貢献に感謝したいと思いますし、誰が一番痛いか、本人が一番痛い、辛い思いでいると思います。彼には少しでも落ち着いて早く自分が思い切ってプレーできてと思えるような状態に戻ってほしいなと思います」と本人の思いを代弁した。
W杯を見据えたからこその怪我だった。5月9日のプレミアリーグ第36節のウォルバーハンプトン戦。三笘が起点となり、クラブ史上最速となる開始35秒で先制に成功。その4分後には早々に追加点を奪った。
前半で2点リード、相手は最下位。無理をする必要はなかった。それでも三笘はギアを緩めなかった。後半10分、左サイドのライン際で胸トラップした後、一気に加速しようとしたところで、左太もも裏の上部を抑え、すぐさま右手を挙げた。メディカルスタッフの治療を受け、左足を引きずりながら険しい表情でピッチを後にした。
直後の検査結果は、左太もも裏の肉離れ。森保監督は「今大会の期間中には復帰は難しいとメディカルから報告を受けて、選出を断念しました」と明かした。
タラレバを言っても仕方ないことは分かっている。でもなぜあそこで無理をしたのか。そこにはW杯を見据えたからこその思いがあった。W杯まで2か月を切った4月下旬、苦悩を明かしていた。
「今季は上達しようとはしているんですけど、結果的に停滞していた感じでした。それも今となっては気づきなんですけどね。今季は短期的にというよりは、(W杯も考えて)大きく見ていたので。ただまだ100じゃないんです。100に近づいているようで、やっぱり違うなという連続で。あと2か月弱なんで、100には必ず持っていきます」
最高の姿をW杯で見せるためにー。その思いでコンディションを上げようと、チャレンジしたプレー。その結果、起こってしまった悲劇だった。
2022年カタールW杯、決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦。1-1のまま、120分の激闘の末にもつれ込んだPK戦。自ら挙手をして2番手のキッカーを務めたが、左下を狙ったシュートは無情にもGKの右手に阻まれた。試合後のインタビューでは、堪えきれず涙が溢れ出た。
「自然と、PKを失敗した責任感というか、その感情が出たと思います。4年間、僕だけじゃなくて、いろんな選手、日本代表のスタッフ全員、国民の全員が懸けてきていた。自分がそれを閉ざしてしまった。その責任感はすごく感じました。あれだけ感情的になった試合は初めてです」
カタール大会以降、日本代表への思いは強くなった。世界最高峰のプレミアリーグで出続けることが、自身の、そして日本サッカーの成長につながると信じて戦ってきた。カタール大会では「ジョーカー」だったが、この3年半で紛れもない「エース」へと成長した。
昨年9月以来、半年ぶりの合流となった今年3月の英国遠征では、スコットランド、そしてウェンブリーでイングランドに勝利。何よりもチームの成長を強く感じていた。
「初めてピッチ内でプレーする選手も多くて、選手のクオリティの高さだったり、チームで練習した時にクオリティの高さをより改めて感じて、本当に日本代表が競争力の高い集団になっているんだなと思いました。今はどんな相手でも、自分たちがやるべきことははっきりしてきたのは間違いなく大きなことで。自分たちがこれをやれば勝てるというものが増えている印象です」
2度目のW杯をどういう大会にしたいか聞くと、間髪入れずにこう答えた。
「優勝しかないですね、それは」
北中米W杯で優勝するという、三笘の願いは叶わなかった。だがその思いは、チームにも伝わっている。指揮官は「我々にとっても大きな痛手ですし、本当に悲しい怪我かなと思っています。これまで彼がチームにもたらしてくれたものがある。彼がいないから結果が得られない、成長が得られないということではなくて、誰が代わりかということではないですけど、みんなで勝っていく、みんなで成長していくということをこれまで通りやっていければなと思います」と覚悟を明かした。
そして、三笘自身にもまだ先がある。今回のW杯は29歳という全盛期で迎えられるW杯だった。だがそれは一般的な見方。技術も、肉体も、常に探究し続ける三笘の目には違う未来が見えている。
「そういう風に見られる年になってきましたけど、30歳以降もまだまだ伸びていく実感はあるんで。23歳の年からプロに入って、早いものでサッカー人生も中盤以降にはなってきましたけど、まだまだ楽しみではありますね」
次回の2030年大会は33歳。三笘のW杯には、まだ続きがある。
(FOOTBALL ZONE編集部・井上信太郎 / Shintaro Inoue)











