欧州で顕在化していない「パワハラ問題」 違いを考察…日本では「受け入れるか否か」

ドイツ5部のケーニヒスドルフで指揮を執る大野嵩仁氏【写真:中野吉之伴】
ドイツ5部のケーニヒスドルフで指揮を執る大野嵩仁氏【写真:中野吉之伴】

大野嵩仁氏「監督と選手でも普段から自分の意見を口にできる関係性が取れている」

 近年、日本のスポーツ界では「ハラスメント」という言葉が強く意識されるようになった。度を超えた指導者の発言や振る舞いが問題視され、処分に発展するケースも増えている。選手を守るために必要な流れであることは間違いないが、その一方で裁かれるか否かの議論が多く、「何が許されて、何が許されないのか」という線引きが、まだまだ曖昧なままではないかという指摘がある。(取材・文=中野吉之伴/全3回の第3回目)

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 ドイツの国際コーチ会議でホッケーオリンピック優勝監督のマルクス・バイスが、コーチングにおける基本についてレクチャーしてくれたことがある。

「選手が指導者の発言やしぐさを許容できるかどうか、そのための信頼関係を築けているかどうかが大切だ。それがあってはじめて、選手の資質を引き出すチャレンジに取り組めるのだ」

 またスイスの指導者デベロッパーのレネ・ゲルトシェンは「指導者はどのように自問自答するかを学ぶことが大切。自己分析力がなければ、あるいはそこでの分析が間違っていたら、臨むような成長をすることはできません」と語り、ドイツの心理学者ヤン・マイアーは「自分の実力を発揮するためには、自分を100%信頼してくれる人間の存在が身近にいることが必要なのだ」とレクチャーしてくれた。

 ハラスメントのマイナス以上に、どのように人はミスから学び、力をつけ、成長につなげることができるのかを考えることが大切ではないだろうか。

 ドイツで5部リーグのケーニヒスドルフで監督を務める大野嵩仁氏は、選手時代を含めた現地での経験を通して、その違いを強く感じている。

「ヨーロッパのスポーツ界でよく耳にするハラスメントっていうと、セクハラか児童ポルノ関連。社会として明確にアウトなもので、もし何か起こったら厳しい処罰が下されることになっています」

 一方で、パワハラ問題というのはもちろんないわけではないが、日本ほど顕在化していないという印象を受ける。人種や人権差別、命に関わる発言は当然ながら一発でアウト。「知らなかった」「そんなつもりはなかった」という類の話ではない。

 それを前提としたうえで、それ以外のコミュニケーションについては、日本ほど過敏ではないかもしれない。

「もちろん言い過ぎたらダメだけど、それ以外は基本的にコミュニケーションの一環として受け止められていると思います。監督と選手でも普段から自分の意見を口にできる関係性が取れているところが多いですし、学校において、自分の意見を口にすることと相手にも意見の大切さを学ぶ機会が多いと感じています」

 試合ともなれば、感情的になることもある。厳しい言葉が飛ぶこともある。選手がそれに対して言い返すこともある。納得がいかなければ、その場でぶつかることもある。

「でもそれで人間性が否定されたり、互いの関係が壊れたりということがない。現場にいる人間として思うのは、解決できることかどうかが大事で、ぶつかること自体は一つのコミュニケーション。ただ日本だと、受け入れるか否かの二択が強い気がするんです」

 問題がそれぞれ個人のなかに蓄積され、後からハラスメント化したり、いじめ化して噴出する。あるいは、発散することができないモヤモヤうっぷんがたまり、刺激を求めてストレス発散のはけ口を間違えてしまう。それはよくないことなのだ。

 コミュニケーションの仕方や物事の考え方、受け止め方はそれぞれの国や地域によって違う。それぞれの性格や思考によっても違う。だから、欧州のやり方を真似すればいいという話ではない。全部いいか、全部ダメかの議論ではなく、それぞれの問題をどこで、どのように解決し、解消されるべきかが大事になってくるのではないだろうか。

「ドイツの現場では、サッカーのなかで起きたことは、サッカーのなかで解消されることが多いんです。練習中に20歳の選手同士が口論になり、ついには胸ぐらを掴み合う喧嘩に発展したことがあります。僕は監督として、両者を即座に帰宅させたんですよね。

 翌日の練習で、2人が一緒にいたからちょっとひやひやしたんですけど、何事もなかったかのように並んで笑いながらジョギングしていました。日本だったら気まずさが残ると思うんですけど、こっちでは終わったことはちゃんとそれぞれで消化して、普通にふるまうことができる人が多いなって思います」

 ではこの切り替えはどこから来るのか。大野は、その背景に子どものころからの環境があると考えている。ドイツでは、子どもの頃から「自分の意見を口にすることが、ある程度以上自然と許容されている。

「例えば子どもたちに『このことについてどう思う?』って聞くと、サッカーがうまい子、リーダー格の子が発言権を持ったりしがちです。サッカーがまだそこまでだったり、体の動かし方がぎこちなかったりする子だと、『なんでお前が言うんだよ?』みたいな空気感になりがちです。ドイツだってそうしたことはあります。

 でも『ちゃんとそれぞれの話を聞こうよ。サッカーがうまいから偉いなんてことはないんだよ』という指導者や先生、親は多いのではないかと感じています。本来サッカーがうまいかどうか、というのと、そのことについてアイディアを出すというのは違うテーマの話です。ボールコントロールがまだおぼつかなくても、面白いアイディアを持っていたり、本質的に大事な話をできる子はたくさんいるわけなんですから」

 もちろん、すべてが理想的にいくわけはないし、何にでも言い返す子やどうしても納得できない子だっている。そのときはその場を収めることの大切さを学べばいいし、その場合は後でゆっくりと整理し直す時間を作ればいい。言えないこと、言っても聞いてもらえないことは、誰にとってもやはりつらい。

 ハラスメントをなくそう=子どもたちの言うことに従おう、ではない。子どもたちのわがままで大人が苦しむことになったら、それは子どもたちによる大人へのハラスメントとなる。ダメなことはダメ。そこは荒ぶらずに毅然と伝えればいい。でもそれ以外は関係性のなかで健全に解決できるようになれたほうがいいではないか。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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