独5部の日本人監督「意味が分からない仕事」  15人の常連…お金じゃない”見えない力”「最高っすよね」

ドイツ5部のケーニヒスドルフで指揮を執る大野嵩仁氏【写真:中野吉之伴】
ドイツ5部のケーニヒスドルフで指揮を執る大野嵩仁氏【写真:中野吉之伴】

独5部ケーニヒスドルフで監督をする大野嵩仁

 アマチュアサッカーでは、仕事や学業と両立しながら、サッカーをやるのが当たり前だ。ドイツの5部リーグともなれば、大きなスポンサーがつき、主力選手が月に40-50万円相当の報酬を受け取ることもあるが、あくまでもそれはごく一部。みな将来的なことを考えて並行して仕事をしていたり、すぐ仕事ができるように資格を取ったりと準備をしている。その瞬間だけサッカーでの稼ぎだけで暮らしているから「僕はプロスポーツ選手だ」と考えて、サッカーだけやろうとしている人は、ドイツでは少ない。(取材・文=中野吉之伴/全3回の第2回目)

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 監督やスタッフの条件も決して恵まれているところばかりではなく、正直「なぜそこまでやるのか」と問われても不思議ではない環境だ。

 5部ケーニヒスドルフで監督をする大野嵩仁が言う。

「正直、お金だけ見たら意味が分からない仕事じゃないですか。でもそれ以上に素晴らしい価値がある現場だと思っています。勝敗やサッカーのクオリティ、戦術での駆け引きとは別のところにある。本当に大事だと思ったのは人との関係ですよね」

 平均年齢21歳の若いチーム構成で、監督として奮闘する大野が強く感じたのは、クラブを支える見えない力のすごさだ。大野が所属するクラブには、毎週のように顔を出す常連がいる。クラブハウスに10人、15人と集まり、ビールを飲み、カードゲームを楽しむ。

火曜日はソーセージとビール。
水曜日はカードゲーム。
金曜日はまたビール。

「いつから友達なの?って聞くと、普通に『幼稚園の頃からかな。もう60年以上一緒なんだ』とか言ってすごい優しく笑うんですよ。ほんと最高っすよね」

 クラブへの愛はプロかどうかではない。自分がサッカーと出会い、サッカーを楽しみ、サッカーとともに生きてきた人生の中で、村のクラブはなくてはならないコミュニティの中心にある。

「ブンデスリーガの試合があっても、地元クラブの試合を優先するおじいちゃん連中なんですよ。彼らにとって、このクラブは自分たちのチームなんです。だからそのクラブのために全力で頑張る僕のことも、応援してくれているんだと思います」

 長年クラブとともにいる彼らは、誰がクラブのために戦っていて、誰が気持ち半分で関わっているかをちゃんと見ている。練習前の早い時間からグラウンドに行くと、いつも彼らが先にいる。お互いに「元気?」「調子はどう?」とか声を掛け合う。

「僕がこのチームのためにやってるっていうのは、見てくれてると思います。かなり仲良くなったからの証でもあるんでしょうけど、いつも僕がこれから練習やるっていってんのに、『ソーセージ食ってけ。ビール飲んでけ』って誘ってくるんです(笑)。毎回、『いや、これから練習するからダメ』って答えるという。こうした人間関係は本当にうれしいし、すごい助けになることが多いです」

 クラブの歴史とともにずっといる彼らのような存在こそが、クラブの大事な礎のひとつだ。ケーニヒスドルフだけではなく、ドイツのあらゆるクラブにそうした、絆が作り出す見えない力が支えとなっている。

「こっちで選手と監督をやって感じるのは、(言語や取り組む姿勢・オープンな関わりなどを含め)こっちが相手にリスペクトを持って一生懸命やっていると、相手も愛を持って接してくれるなとというところ。それが例え日本人だとしてもです。今、このチームにお金が全くないのをおじちゃん達も知っています。それでも僕がクラブに対して取り組んでいる姿勢に、彼らなりの愛とリスペクトで接してくれるのは、彼らからしたら当たり前の事なのかもしれないけど、僕からしたらとても感じるものがあるんです」

 特に大野のチームは若い選手が多く、試合には家族が多く足を運ぶ。シーズン中、数人の選手から長文のメッセージが届いた。

「めちゃくちゃ嬉しかったですね。本当にやってよかったなって思いました。めちゃくちゃ悩んで苦しかったし、大変だった半年だったので、選手から感謝のメッセージが僕個人宛に届いたのには、さすがにグッときました」

 その一通で、「あと半年頑張れる」と思えるほどの喜びが湧き上がってくるのを感じた。報酬だけでは測れない支えが、そこにはある。

 そしてもう一つ、大野が強く感じている存在がある。それが、クラブの子どもたちだ。彼のチームには、U14セカンドチームの選手たちがウルトラズとして応援に来てくれるという。

 横断幕を作り、声を出し、試合を盛り上げる。時には熱が入りすぎて、ピッチに入ってしまったり、はしゃぎすぎてNG行為をして罰金を受けることもある。

 それでもクラブは、彼らの存在を否定しない。

「協会からちょっとの罰金はありましたけど、それでもクラブが応援をやめさせないのはすごいと思います。クラブが彼らを仲間として守っている」

 だから大野は試合後、必ず彼らのもとへ向かう。

「ありがとうな」

 そう声をかけ、ジュースを手渡す。勝利した試合では、子どもたちと一緒にピッチで喜びを分かち合う。その光景は、プロのスタジアムとは違う、もう一つのサッカーの美しい姿だ。

「この子たちがいる時の方が、勝率がいいんですよ。ただ毎回罰金はさすがに困るから、『これだけはしないで』『これだけは言わないで』って伝えたら、素直に『わかったよ』って約束してくれる。かわいいんです、みんな」

 大野はそう笑う。

 グラスルーツとは、こうした循環が半永久的に生まれるところであってほしい。地域にクラブがあり、そこに人が集まり、関係が育まれ、次の世代へと受け継がれていく。その中で、地域のヒーローも生まれる。プロになるだけがスポーツの目標ではないことを、教えてくれる。

 ドイツ5部の現場で、大野はそれを実感している。日本では、多くのクラブが「Jリーグを目指す」ことを前提としている。そうじゃないとお金も注目も集まりにくいというのもあるかもしれない。でもJを目指さないクラブがあってもいいはずだ。それでも地域のために小さなスポンサーが集い、お金と人と思いが集まり、地域に根ざし、地域の中で価値を持つクラブ。日本のサッカーがこれから考えていくべきヒントでもあるはずだ。

(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)



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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)取得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなクラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国で精力的に取材。著書に『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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