選手権準優勝→強豪大も…超逸材の“控え” Jオファー無い現実「一向に話が来なくて」

筑波大学の小林俊瑛【写真:安藤隆人】
筑波大学の小林俊瑛【写真:安藤隆人】

筑波大学の小林俊瑛「ずっと動かなかった歯車が動くようになって」

 3月21日、つくば市内のホテルで筑波大学の「第74回全日本大学サッカー選手権大会祝賀会 兼 創部130周年記念パーティー」が開催された。同蹴球部OBである田嶋幸三・日本サッカー協会名誉会長をはじめとした多くの関係者が集まる盛大な会には、現役の蹴球部員全員も参加。そのなかに190センチの長身FW小林俊瑛の姿もあった。

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「こうして多くのOBや関係者の方々が集まっていただける事実を目の当たりにして、僕らを支えてくれている。もらっている。本当に気が引き締まる想いです」

 スーツ姿でこう口にした小林は、2月26日から3月1日にかけて愛知県で行われたデンソーカップチャレンジサッカー(通称・デンチャレ)刈谷大会において、関東選抜Bのストライカーとして出場。関東選抜Aとの決勝戦では決勝弾を叩き込み、優勝に導くなど大きく躍動をして見せた。

「僕はデンチャレに全てをかけていました。あの大会でずっと動かなかった歯車が動くようになって、今こうしてここにいれることは自信になっています」

 こう語るのには訳があった。大津高時代から長身ストライカーとして注目を浴び、高校最後の選手権では準優勝に輝いた。筑波大に進学をしてからは、同年代のライバルであるFW内野航太郎(ヴィッセル神戸)の影に少し隠れる形となり、なかなかレギュラーが掴めなかった。

 それでも内野に対し、「絶対に負けたくない存在だけど、学ぶことも多い。しっかりと見て学びながら、練習からあいつよりも1点でも多く取りたいという気持ちでやることができた」と、リスペクトをしながらも大きな刺激を受けて努力を重ねた。

 そして、昨年7月に内野がデンマークのブレンビーIFに加入し、蹴球部を退部すると、立候補して彼が背負った9番を引き継いだ。だが、関東大学サッカーリーグ1部でチームは優勝をするも、小林は前線で起点を作り出すもののゴールは決められなかった。

「周りが練習参加やプロ内定を決めていくなかで、僕には全く話が来なかった。それが本当に悔しかった」

 チームの勝利のために決められる選手になるために。覚悟を持って挑んだ昨年のインカレ。決勝リーグ初戦の東海大学戦で2ゴールを叩き出すと、第2戦の阪南大学戦で2戦連発のゴールを決めて決勝トーナメント(準決勝)進出に大貢献した。準決勝の日本体育大学戦で1ゴールを挙げると、決勝でもエースストライカーとしての働きを見せて、文句なしで優勝の立役者となった。だが、現実は厳しかった。

「インカレで手応えを掴んだので、Jクラブから話が来るんじゃないかと期待していたのですが、一向に話が来なくて……。正直、年始はJクラブのキャンプに参加する気でいたので、何もなかったときは本当に、本当に悔しかったです」

 筑波大のチームメイトが次々とキャンプに参加をしていくなか、小林は年末に地元の神奈川県に2日ほど戻ってからすぐにつくばに戻って、筑波大学第一グラウンドのピッチで悔しさを噛みしめながら黙々と自主トレを続けた。足を止めることなくボールを蹴り続けたが、頭のなかは迷いがずっとあった。

 天皇杯2回戦のV・ファーレン長崎戦で強烈な右足シュートを叩き込み、インカレで4ゴール。インパクトは残せてきたつもりだった。

「正直、『なんで評価されないんだろう』という気持ちがどうしても消えませんでした」

 昨年からプロになるためにいろいろな人からアドバイスをもらった。そのなかで「あと一歩が足りない」という言葉が多かった。その『一歩』とは何なのか。ずっと考えていたが、なかなか答えが出なかった。

 不安と焦りが募っていくなかで、小林にとって光明となっていたのがデンチャレだった。

「絶対に自分から目を背けてはいけないと思いました。デンチャレで何か自分の殻を破らないと先はない。絶対にゴールを奪う、チームのために全力で戦う。走力、球際、運動量、シュートを打ち切る。もう一度原点に帰って、なりふり構わず自分を出す。変に考え込まずにデンチャレに全てをかけようと思いました」

 この不退転の気持ちがついに形になって表れた。吹っ切れたように小林は初戦からフルパワーで果敢な前線からのプレス、正確かつ力強いポストプレー、一発での裏抜け、そして空中戦の強さを発揮し、前線で起点となるだけでなく、相手にとって脅威の存在となった。

 初戦でチームのオープニングゴールを決めると、前述した通り優勝に導くウイニングゴールを決め、大会を締め括った。

 この大会の小林は間違いなく迫力がこれまでと全然違った。どこか迷いが見えたプレーが吹っ切れたかのように、90分間を通してストライカーとしての威圧感を出せるようになった。もしかすると皆が指摘をしていた「あと一歩」とは、堂々と自信を持って自分をさらけ出す闘争心と威圧感そのものだったかもしれない。

 デンチャレ後、ついにJ2、J3の複数クラブから練習参加のオファーが届いた。デンチャレの覚悟そのままに練習でもアピールを続け、オファーを出す意向のクラブが複数出てきたという。まだ正式ではないが、今の状況はまさに自分の力で引き寄せたものであることは間違いない。

「たぶん迷いがプレーに出て、どこか自分を縮こめていたと思います。だからこそ、これからはデンチャレのような気持ち、いやそれ以上の思いを常に持ってやり続けたいと思っています」

 自分を信じて突き進むのみ。もうすでに彼は二歩目、三歩目を力強く踏み出している。

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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

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