震災で13年ぶりにともった灯「感慨深く」 たった1年の青春…主将が経験した“二足の草鞋”

高校3年時には、なでしこリーグ2部とWEリーグの舞台で活躍【写真:増田美咲】
高校3年時には、なでしこリーグ2部とWEリーグの舞台で活躍【写真:増田美咲】

震災から13年ぶりに福島へ帰還 地元の声援を受けて感謝の気持ちでいっぱいに

 女子サッカーの未来を考える――。WEリーグとFOOTBALL ZONEの共同インタビュー企画「WE×ZONE ~わたしたちがサッカーを続ける理由~」。今回は、ちふれASエルフェン埼玉の樋口梨花に独占インタビュー。2024/2025シーズン、JFAアカデミー福島から特別指定でプレーし、今シーズン正式加入するまでの激動の1年を振り返った。(取材・文=砂坂美紀/全4回の2回目)

【PR】DAZNを半額で視聴可能な学生向け「ABEMA de DAZN 学割プラン」が新登場!

 ◇   ◇   ◇  

 2024年3月、13年ぶりにJFAアカデミー福島の女子選手寮『扇』に灯がともった。凛とした表情で大きな荷物を抱えて寮に入っていく少女の中に樋口梨花の姿があった。エントランスでは大勢の人が拍手で歓迎。「地元の方々が温かく迎えてくださって、うれしかったです」と樋口は当時を振り返る。

 JFAアカデミー福島は、2011年に東日本大震災の影響により、静岡県御殿場へ拠点を移しての活動を余儀なくされてきた。樋口も中学入学時から高校2年生までを静岡で過ごした。

 震災から13年を経て、本来の活動拠点である福島県双葉郡に帰還を果たした。キャプテンを務めていた樋口は、念願の寮に入った瞬間に胸にこみ上げるものがあった。

「ここで先輩たちも生活していたんだな、と感慨深くなりました。歴史ある場所に帰れたのは、いろんな人に関わっていただいたおかげなので、感謝の気持ちでいっぱいでした」

 福島県楢葉町、広野町、双葉町などの周囲の人々が、「待っていたよ」と声をかけて帰還を喜んでくれた。樋口はキャプテンマークを巻き、JFAアカデミー福島としてなでしこリーグ2部の2024年のシーズンを、本来のホームスタジアム・Jヴィレッジスタジアムで戦えることになった。やっと地元の人と共に過ごすことができた。

高校3年生の1年間は激動だったと振り返る【写真:増田美咲】
高校3年生の1年間は激動だったと振り返る【写真:増田美咲】

たった1年の“普通の高校生活” 文化祭でダンスを披露して青春を謳歌

 そして、この帰還はサッカー以外の“普通の高校生活”を取り戻す機会となった。アカデミー生は、地元の公立高校である福島県立ふたば未来学園高校に通うことになった。

 静岡の公立中学校を卒業後は、福島県立ふたば未来学園高のサテライト校に入学。といっても、JFAアカデミー福島の男子の高校生年代が廃止された関係で女子だけで授業を静岡で受けるという極めて特殊な環境であった。

 わずか5人のクラスで授業を受け、「常に先生の質問が回ってくるので、授業中は気が抜けなかったですね」という密度の濃い日々を送ったが、一般的な高校生らしい賑やかな学校生活を経験する機会は少なかった。

 ふたば未来学園での1年間は、リアルな“青春”を感じる時間となった。「(静岡のサテライト校では)高校の行事にはあまり参加できていなかったので、福島では多くの行事に参加できました。友達もすぐにできて、すごく楽しかったです」と、満面の笑みを浮かべる。

 共学でクラスメイトは約25人に増えた。普通の高校3年生として、学校行事にも積極的に参加した。特に思い出に残っているのは、6月の学園祭「双来祭」だ。

「学校のみんなと一緒に行事に参加できて、楽しかったです。自分たちの学年はステージでダンスを踊りました。3か月前くらいから準備や練習をがんばって、充実した日々を過ごせました」

 小学生の頃にダンスを習っていた経験がある樋口にとって、全員で息を合わせる時間は格別だった。サッカー漬けの生活の中で、皆で協力して一つのものを作り上げる学園祭の経験は、彼女にとって新鮮で楽しい思い出となった。

 しかし、2日間の学園祭で参加できたのは初日のみ。翌日は、なでしこリーグ2部の湯郷ベル戦で岡山県の津山陸上競技場のピッチに立っていた。それでも、「高校3年間で初めて文化祭らしいことを1回でも体験できたので、一番の思い出になりました」と、わずかながらも得られた青春の思い出を大切にしている。

WEリーグのデビュー戦は緊張でガチガチに 努力を重ねて10試合連続先発出場

 その年の10月、なでしこリーグ2部のシーズンが終わるころ、思わぬオファーが舞い込んだ。『2024年JFA・WEリーグ/なでしこリーグ特別指定選手』に認定され、WEリーグのちふれASエルフェン埼玉に加入。直後の10月14日のリーグ5節、後半44分にWEリーグの初舞台を踏んだ。

「デビュー戦はアップの時から緊張していて。スタジアムの声援がすごくて、プロの舞台のすごさを感じました。自分もその選手のひとりだと思うと、ガチガチになって体が重かったですね」

 努力を重ねて信頼を勝ち取り、13試合出場1得点の活躍を見せた。12節から最終節の22節までは先発出場を果たした。プロ選手に混じってのプレーは驚きの連続だった。

「エルフェンの練習に参加してからプレースピードが今までとは全く違って戸惑いましたが、少しずつ合わせられました。一番衝撃を受けたのが、コミュニケーションの量の多さ。練習が切れるたびに話し合っているのがすごく印象的でした。アカデミーに帰ってすぐ実践するほど影響を受けました」

 濃密な1年間を過ごして、2025年3月にJFAアカデミー福島を卒校。EL埼玉に正式加入をしてプロ選手となり、大きな一歩を踏み出した。背番号は『30』から『7』となり、チームのレジェンド佐藤舞や薊理絵、2025年12月までコーチを務めた山本絵美(現・ニッパツ横浜FCシーガルズ監督)らが身につけた、エースナンバーを背負う。「期待を背負ってプレーしていかないといけない、という自覚も持ちながら、全力でプレーしたいですね」そう言って、晴れやかな表情で前を向いた。

(砂坂美紀 / Miki Sunasaka)



page 1/1

今、あなたにオススメ

トレンド