低迷するかつての名門「今は過渡期」 若きタレント輩出の過去…新監督が譲らない「スタイル」

大分トリニータの新指揮官に就任した四方田修平監督【写真:FOOTBALL ZONE編集部】
大分トリニータの新指揮官に就任した四方田修平監督【写真:FOOTBALL ZONE編集部】

大分の四方田修平監督「現実的に難しくなると割り切ったスタイルになりがち」

 2026年前半戦のJリーグは、半年間のイレギュラーなシーズン。明治安田J2・J3百年構想リーグに参戦する大分トリニータは、同じJ2のサガン鳥栖、テゲバジャーロ宮崎とともにWEST-Bを戦うことになる。

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 J3のチームが多い分、大分としては主導権を握れる時間が長くなるかもしれないが、ここで圧倒的な強さを示して、夏から始まる2026-27シーズンに弾みをつけなければ、2021年以来のJ1復帰は叶わない。新たに就任する四方田修平監督は難しいマネジメントを求められるのである。(取材・文=元川悦子/全7回の最終回)

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「大分というクラブはこれまで優秀な指導者に引っ張られながら、地元の選手をうまく育てて強くなってきた歴史があります。2008年にはヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)でも優勝していますし、地方のクラブとしては非常にうまくやってきた印象が強いですね。

 ただ、この2年間に目を向けると、2024・25年ともにJ2で16位。J1昇格争いに食い込んでいけなかった。選手の入れ替わりも含めて今は過渡期を迎えているのかなと。その難しさを強く認識しながら、再びJ1に上がれるような力をつけていかないといけない。昇格というのは分かりやすい目標ですけど、そのための力をどう蓄積していくのかが重要だと思います」

 大分というクラブは、これまで四方田監督が関わってきた北海道コンサドーレ札幌、横浜FCとは環境が大きく異なる。札幌であれば北海道全域の優秀な才能を集められるだろうし、横浜FCは関東のエリート選手の一角をスカウトできる可能性がある。実際、札幌であれば、2025年にキャプテンを務めた高嶺朋樹(名古屋)、急成長した西野奨大らが地元出身だし、横浜FCも斉藤光毅(QPR)のような日本代表経験者を輩出している。

 かつての大分も西川周作(浦和)、梅崎司(京都コーチ)、清武弘嗣(大分)といった若きタレントを続々と生み出したが、今は九州各県にJクラブが誕生。地域ごとに選手を育てる仕組みが出来上がり、遠くから大分にやってくる選手が少なくなった。四方田監督はそういうクラブのバックグラウンドから1つ1つ学んでいく必要があるのだ。

「九州という土地はもちろん試合やキャンプでは行ったことがありますけど、土地勘は全くないと言っても過言ではないですね(苦笑)。ただ、九州の各県・各チームは非常に競争が激しく、ハイレベルだと思っているので、そこはすごく楽しみですね。

 そういう熾烈な環境のなか、大分がどう生き残っていくのかを考えたとき、育成年代の子どもたちにとっての憧れ・目標になるようなサッカーができればいいですね。具体的に言うと、攻撃のところでもっともっと躍動感を持てるようなサッカーをしていきたいと考えています」

 四方田監督がこう語る通り、大分の場合は攻撃面の活性化が必須テーマと言っていい。というのも、2025年J2の総得点がわずか27で、リーグ最少だったからだ。得点者を見ても、有馬幸太郎の5点が最高で、野村直輝(山口)、グレイソン、デルラン、戸根一誓が2点ずつ。有馬と戸根は残留したが、それ以外の3人は外に出ており、点を取る形を一から構築しなければいけない状況になるのは間違いない。

「昨季は総失点が44で上位だったんですけど、点が取れなかったのは確か。それが大きな課題だったのは間違いないと思います。今季はメンバーも変わりますし、選手たちの良さを生かしながら一番いい形を作っていくことを考えないといけないですね」

 こう四方田監督は話したが、いわきFCから加わったキム・ヒョンウ、カマタマーレ讃岐から移籍してきた木許太賀らをうまく使って、得点力アップを図ることは必須。横浜FCを2度、J1に上げながらゴールを奪う形を思うように作れず苦しんだ自身にとっても、大きな挑戦になりそうだ。

 そんな指揮官の助けになりそうなのが、レジェンド・清武の存在だ。本人は12月14日の柿谷曜一朗(解説者)の引退試合に参加した際、「百年構想リーグは昇降格がないので、どのチームも若手を積極的に試すことになる。となれば、自分のようなベテランにとっては厳しいリーグになる」と険しい表情を浮かべていた。

 しかし、清武ほどの経験値とクオリティの高さを備えた人材がいないというのもまた事実で、そこは四方田監督も大いにリスペクトしている点。清武の力を借りながら、チーム再建の道筋を見出していければ理想的だろう。

「彼は大分のシンボル。プレーはもちろんですけど、精神的にもみんなを引っ張っていってほしいと思っています。彼の言動には非常に大きな影響力がありますし、クラブのモデルとしていい働きをしてくれると信じています」

 四方田監督自身、今年3月には53歳となるが、習志野高校時代の恩師・本田裕一郎監督(国士舘高校テクニカルアドバイザー)もちょうど同じ年齢で千葉県の公立高校教諭を退職。流通経済大学付属柏高校に赴き、ゼロから基盤を作り、強豪校へと育て上げている。その恩師のように、彼自身も50代から60代へとさらなる進化を示すことが肝要だ。

「最近はものすごい選手キャリアを持つ人たちがJFA公認Proライセンスを取得しています。そういう人たちがどんどん監督になっていくでしょう。60代になれば監督業を続けている人も数えるほどしかいないですし、自分も生き残っていくためにブラッシュアップを続けていくしかないと思っています。

 監督にとって勝ち負けは当然大事だし、そこにこだわるのは当たり前ですけど、そのなかで自分のやりたいサッカーへのこだわりを出すことも重要かなと。現実的に難しくなると、どうしても割り切ったスタイルになりがちですけど、自分は主導権を握って積極的に戦っていくスタイルを目指していきたいですね。

 みんなジレンマを抱えながらチーム作りをしていると思いますけど、京都の視察に行ったとき、曺貴裁さんが『ここだけは譲れない部分が自分にはあった』と言っていた。『それを貫けば失敗しても後悔が残らないという部分だけは絶対に変えなかった』という話を聞いて、胸を打たれました。自分もそういう部分をしっかり持ちながら、大分で仕事をしていきたいと考えています」

 四方田監督はここまでの指導者経験の全てを新天地で還元するつもりだ。果たして、かつての名門を再生させることができるのか。2026年の一挙手一投足から目が離せない。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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