人生が変わった”人数合わせ”の練習参加 浦和相手に2ゴール…訪れた意識変化「行かなければ」

桐蔭横浜大から浦和レッズに進む肥田野蓮治【写真:安藤隆人】
桐蔭横浜大から浦和レッズに進む肥田野蓮治【写真:安藤隆人】

桐蔭横浜大から浦和に進む肥田野蓮治の転機

 目標がない状況を彷徨っていた時期を脱し、やるべきことが明確になった桐蔭横浜大FW肥田野蓮治に大きな転機が訪れた。大学2年生の5月にこれまで社会人リーグのレギュラーFWだった選手が調子を崩したことで、彼にFWとしてのチャンスがやってきた。(取材・文=安藤隆人/全4回の第2回目)

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 これまでトップ下や右サイドが主戦場だった彼にとって、FWは未開の地だった。だが、心に火が灯り、サッカーに対する姿勢も劇的に変化をした彼だったからこそ、すぐに適応するどころか、ストライカーとしての能力が開花するきっかけとなった。

「当時の僕は自分の特徴が前への推進力にあるとは思ってもいませんでした。これまで培ってきたボールを受けて捌いたり、カットインからの左足のシュートだったりが武器だと思っていたのですが、身長が181cmで落ち着いて、フィジカルもついてきたので、FWもやれると思ったし、何が何でも試合に出たいという気持ちになっていたので、思い切りやるだけでした」

 2トップの一角として社会人リーグで躍動し始めると、6月に関東大学サッカーリーグ1部・第9節の明治大学戦で念願のトップデビューを果たす。9月に入り、関東1部第15節の東洋大戦で2度目の出場をすると、10月7日の第16節の中央大学戦でリーグ初スタメンを飾った。

 そして、10月14日の関東1部第17節の国士舘大学戦で残り13分で出場した翌日に、人生を大きく左右する大きな転機が訪れた。

 浦和レッズから10月15日の練習にトレーニングパートナーとして桐蔭横浜大学の選手を派遣してほしいという要望があり、前日の国士舘大戦で短い時間の出場だった選手を中心に10人の選手が練習に参加をすることになったのだった。

 この10人の中に肥田野が入った。人数合わせだったが、彼にとっては初めてプロの世界を直に触れられる大きなチャンス。「何かしらの爪痕は残そうと思っていた」と野心を持って臨んだ彼は、DF酒井宏樹やMF中島翔哉ら錚々たるメンバーが顔を揃える中、紅白戦で躍動をして得意の左足から2ゴールを奪って見せた。

 この活躍で浦和のスカウトの目に留まるようになったのと同時に、彼の中で再び大きな意識変化が起こった。

「浦和の練習環境、練習の強度や質が高くて、『ここで絶対にプレーをしたい』と強く思うようになったことで、『プロになる』という目標が一気に明確になりました」

 心の奥の炎がさらに燃え上がった。彼にとってプロの世界は『行きたい場所』から『行かなければならない場所』へと切り替わった。

 チームに戻ると、第20節の法政大学戦で関東1部初ゴールをマークし、切り札としてコンスタントに試合出場を果たすようになった。

「より本気になったことで練習や試合の熱量が増しました。正直、浦和の練習参加をする前の1、2年生の頃だったら卒なく試合をこなす、毎回ある試合をこなす感じだったのですが、そこからは目の前の試合に対して、『この1試合で必ず結果が欲しい』と思うようになりました」

 この意識変化はストライカーとして結果にこだわる信念と貪欲さへと繋がっていく。プレースタイルもゲームを作りながらフィニッシュに関わる選手から、一発でDFラインの裏に飛び出したり、ドリブルでラインブレイクをしてシュートまで持ち込んで行ったりと『前への推進力』が武器の選手へと完全にモデルチェンジした時期となった。

 年が明けて2024年、肥田野のシーズンは浦和の沖縄キャンプから幕を開けた。ただの人数合わせから、獲得候補選手としての練習参加。ここでもゴールに貪欲なストライカーとして馬力のあるプレーと前への推進力を見せて、練習試合でもゴールを挙げてみせた。3年生になり関東1部開幕からFW渡邊啓吾(湘南ベルマーレ)と不動の2トップを組んで躍動を見せた。

「どんどんチャレンジャー精神というか、『もっとこうなりたい』という思いが込み上げるようになりました。レッズに行ってから、いつもなら行かないようなところで足を出したり、いつもならパスで捌いているところを強引にでもドリブルで仕掛けるようになったり、チャレンジを繰り返していく中で、『まだ走れるんじゃ無いか』、『もっと自分でいけるんじゃないか』とどんどん自分に可能性を見出せるようになった印象でした」

 FWへのコンバートと意識変化がプレースタイルの変化を生み出し、その変化がパワーとスピードという新たな武器が培われて行った。中でも一番驚いたというのがスピードの面だった。

「正直、僕はスピードタイプではないと思っていたんです。でも気がついたらチームで1番速くなっていたんです。GPSのデータで最高時速が34〜35kmはどの試合も出せるようになっていたんです」

 気がつかなかった自分のポテンシャルの扉がどんどん開かれていく。すると10月に浦和から正式オファーが届いた。

(安藤隆人 / Takahito Ando)



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安藤隆人

あんどう・たかひと/岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに。育成年代を大学1年から全国各地に足を伸ばして取材活動をスタートし、これまで本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、南野拓実、中村敬斗など、往年の日本代表の中心メンバーを中学、高校時代から密着取材。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)、早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯のドキュメンタリー『ドーハの歓喜』(共に徳間書店)、など15作を数える。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼任。

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