元日本代表が歩むセカンドキャリア 50代から始まる第2章…引退から1年「すごく楽しい」

Jリーグアウォーズで表彰されたレジェンドたち【写真:徳原隆元】
Jリーグアウォーズで表彰されたレジェンドたち【写真:徳原隆元】

Jリーグアウォーズで12人が功労選手賞を受賞した

 2025年のJリーグアウォーズが12月11日に横浜市内で行われ、2024年シーズン限りで引退した12人のレジェンドが功労選手賞を受賞した。

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 顔ぶれを見ると、1998年フランスワールドカップ(W杯)日本代表の伊東輝悦(清水エスパルス・アンバサダー兼教育事業部コーチ)を筆頭に、2014年ブラジルW杯代表の青山敏弘(サンフレッチェ広島トップコーチ)、柿谷曜一朗(解説者)ら傑出したキャリアを歩んだ面々がズラリ。気になるのは、引退から1年が経過した彼らのセカンドキャリアだ。

 偉大な元選手ということで、アンバサダー的な役職に就いているケースが多い。伊東、興梠慎三(浦和レッズ・パートナー営業担当兼アカデミー・ロールモデルコーチ)、豊田陽平(サガン鳥栖、クラブ・コンダクター)、本間幸司(水戸ホーリーホック、クラブリレーション・オーガナイザー)、丸橋祐介(セレッソ大阪アンバサダー)、森脇良太(愛媛FC、ポジティブエナジャイザー)、山瀬功治(レノファ山口アンバサダー)の7人がそれに該当する。

 ただ、同じアンバサダー的な役職でも、携わっている仕事はさまざま。アスルクラロ沼津で昨季引退した伊東の場合は「基本的にはスクールのところにいて、クラブの仕事にも顔を出させてもらってます」と説明する。

「選手の時とは時間のサイクル含めて全然違う。全てが初めてのことばかりですごく新鮮。子供たちがボールを蹴ってる姿を見るのはすごく楽しいですね」と笑顔を見せる。彼は50代にして踏み出した第2の人生に充実感を覚えている様子だ。

 一方、故郷のクラブ・ツエーゲン金沢で昨季現役に区切りをつけた豊田陽平の場合は、長く過ごした鳥栖へ赴き、幅広い業務に関わっているという。

「毎日トップチームのクラブハウスへ行って練習も見てますし、ミーティングにも参加しています。夕方になるとスクールにも顔を出しますね。一方で、営業スタッフと一緒に企業回りをしたり、イベントやメディア出演もさせてもらいました。この1年は本当に多岐にわたって活動に携わる機会をもらえて、サッカークラブの業務にほぼ関われたかなという感じ。非常に学びが多かったです」と目を輝かせていた。

 彼らに共通するのは「引退後の1年間は古巣のクラブに関わりながら、先々の人生を考える時間を得られた」ということ。いわば、「現役からセカンドキャリアへの移行期」ということで、自分に合った道を探すことができたはずだ。

 伊東の場合は「自分は喋れないので、アカデミーで教えるのは難しいですよね」と苦笑していたが、穏やかなキャラクターは子供たちと向き合うのに適している。

「今はまだクラブと話しているところですけど、教えるのは確かに楽しいですし、非常にやりがいのあることですね」と笑顔を見せる。1996年アトランタ五輪でブラジルから決勝弾を奪った“マイアミの奇跡”の生き証人は、少年指導の道を歩んでいく可能性が高そうだ。

 豊田は「完全に現場(強化部門)に行くのか、フロント(営業や事業)の方に行くのかを今、クラブと話し合っています」と途中経過を明かす。 

「僕自身はどちらも興味があります。強化だったら、自分は21年間現役をやってきたので、いい部分、悪い部分を踏まえながらプラスアルファを出していけたらいいなと思っています。一方のフロントの仕事もやりがいがある。今年、営業に出向いた時も、佐賀では僕のパワーが強いので圧倒されているのか、遠慮されている方も多かったですけど、『自分は小さな1人でしかない』ということを理解してもらって、少しずつ関係作りをしていけた。それは意味あることでした」と神妙な面持ちで語った。

 どちらに進んでも、豊田らしい貢献はできるはず。2026年以降の動向が大いに気になるところだ。

コーチとしての日々を過ごす青山敏弘【写真:徳原隆元】
コーチとしての日々を過ごす青山敏弘【写真:徳原隆元】

柿谷曜一朗は“サッカー系文化人”として八面六臂の活躍

 豊田と同じ2008年北京五輪世代の青山敏弘は、ご存じの通り、引退直後から広島のトップコーチに就任。監督への道を一直線で邁進している。

 今季はドイツ代表やギリシャ代表に携わった名将、ミヒャエル・スキッベ監督と長い時間を過ごし、指導方法や哲学に触れることができた。それは本当に貴重な機会になったはずだ。

「まだ見習いの僕を監督が呼んでくれたので、今季は全ての試合に帯同することができました。それは自分のためじゃなくて、チームのため、クラブのため。『どうしたら広島を勝たせられるのか』だけを考えてやってきました。その結果、YBCルヴァンカップを取れた。1つ目標を達成できたかなと思います」と青山は前向きに語る。

「スキッベ監督の凄さはマネージメント力。そこに尽きますね。やっぱり人を惹きつけるものがありますし、結果もそうですけど、『この人について行きたい』と思える魅力がある。僕も長い間、サッカーをやってきて、いろんな監督の下でプレーしましたけど、間違いなく初めてのアプローチ。サッカーの本質的な部分もしっかりと見せてもらえた。指導者1年目をそういう人の下で経験させてもらったのは、僕の大きな財産になると思います」と彼はしみじみと話していた。

 今はJFA公認A級ライセンスを取得しており、監督を目指そうと思うなら、Proライセンスの取得が必要になる。ただ「来年は受講しません」と本人は断言。まずは現場経験を積み重ねつつ、少し時間をかけて最高峰ライセンスを目指していく構えだ。

 同じ広島には、元日本代表の先輩・駒野友一(広島ユースコーチ)がいて、彼もまた「将来は広島の監督になりたい」と話していた。

 となれば、青山と駒野は1つのイスを巡って切磋琢磨していくことになる。将来的に青山が指揮官になる日が訪れれば、「選手・指導者生え抜きのワンクラブマン監督」という稀有な存在になる。それをぜひ見てみたいものである。

 広島一筋の青山とは対照的に、柿谷は1つのJリーグクラブに席を置かず、“フリーマン”として多彩な活動を手掛けている。

 本人も1月の引退会見時に「サッカー系文化人になる」と公言したが、その言葉通り、解説業やタレント業、サッカー指導に奔走。JFA第49回全日本U-12サッカー選手権大会のアンバサダー、テックボールのプレイングアンバサダーにも就任するなど、八面六臂の活躍を見せているのだ。 

「この11か月間は現役中より疲れたね(笑)。1日の決まりごとがないから。現役の時から俺、寝なくてもイケる人やったんで、それがすごい今に生きてるなと思います」と彼らしい言い回しで多忙な日々を表現する。

 抜群の知名度とトーク力という意味で、内田篤人(解説者)、槙野智章(来季、藤枝MYFC監督)ら先人の系譜を継ぐ存在になりつつあるが、特に今年嬉しかったことは「久保(建英=レアル・ソシエダ)君に会いにスペインまで行ったこと」だったという。 

「外から日本代表を見てすごく応援したくなりましたし、2026年北中米W杯に向けて少しでも役に立つためにサポーターを巻き込んでいきたい。W杯に出る国のことも勉強して、いろんな人に伝えられたらいいと思います」と本人も外からサッカー界を支える喜びを感じている様子だ。

 実際、「柿谷の解説は面白い」という声も日に日に増え、評価も高まっている。彼自身は「あんまりそう言わんでよ」と照れ笑いを浮かべたが、現役時代にはあまり見なかったJリーグや海外リーグを徹底的にチェックして、自然と選手の名前が出るようになってきたという。

「1年経って明確に自分のやりたいことが見つかり出したので。それはここでは言えませんけど(苦笑)、とにかく来年W杯があるんで、そこを盛り上げたい」と元代表レジェンドの1人として機運醸成に注力していく構えだ。

 自身が果たせなかったグループ突破はもちろんのこと、まだ到達できていない8強入りの援護射撃をするのが彼の仕事だ。

 プロスポーツチームのデジタルトレーディングカードなどのサービスを提供する株式会社VOLZ(ヴォルツ)に勤務する高萩洋次郎は少し変わり種かもしれないが、引退後のレジェンドたちが「日本サッカー、Jリーグに恩返しをしたい」と考えているのは紛れもない事実。

 それぞれの持ち場でやるべきことを見つけ、進んでいこうとしている彼らの今後を、興味深く見守り続けていきたいものである。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)



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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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