闘病中の親友と…歓喜のハグも「泣いてないですよ」 昇格まであえて出さなかった名前

現在闘病中の長崎アタッカー名倉巧【写真:徳原隆元】
現在闘病中の長崎アタッカー名倉巧【写真:徳原隆元】

J1昇格を決めた長崎、闘病中のアタッカー名倉巧とチームメイトとの固い絆

「あの小さい選手は何だ?」「あの34番は何者だ?」

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 2018年6月、ワールドカップの中断期間を利用したV・ファーレン長崎のオーストリアキャンプとなったノイシュティフトのサッカー場。トレーニングマッチを戦った相手チームの海外チームスタッフは、長崎のクラブ関係者にそう尋ねてきたという。(取材・文=藤原裕久)

 その目の前では、小柄な日本人アタッカーが屈強な大型選手を次々と抜き去っていた。そこにはプロ2年目で、長崎加入初年度のMF名倉巧が立っていた。

「自分より小さい選手の方が苦手ですね。あんまりやった経験がないから」

 そう言って笑う若者は、まだ20歳になったばかり。まだ背番号14となる前の話である。

 足下の技術と、ゴール前の密集地帯に潜り込むうまさ。名倉はその身体とスキルをフルに生かして戦う選手である。だが、高2の選手権で大活躍しながら、最終学年で迎えた選手権では活躍できずに「2年のときは周囲に助けられていた」と振り返ったとおり、スピードやパワーに秀でているタイプではないため、周囲との連携が活躍の鍵となる選手でもある。

 そのため長く一緒にやっていた選手はその才を高く評価するが、監督やスタイルが短期間で変わる状況では、コンスタントに力を発揮しにくい面がある。そのため、長崎ではMF氣田亮真(現山形)、FW玉田圭司(引退)との好連携で活躍した2020シーズンを除き、実力に見合った評価を得られないことが多かった。

 昨年もリーグ終盤に左ウイングでチームを支える活躍を見せながら、プレーオフではスタメンから外れ、不完全燃焼でシーズンを終えている。そうして今季。怪我で出遅れはしたものの、今季こそエースに名乗りを上げる。誰もがそう期待していたなかで、想定外の出来事がその身に降りかかる。

「実は最近、貧血気味で……。検査の結果も良くなくて」

 そう言ったのは天皇杯後のことだった。体調不良を口にしたがらない選手が多いなかで、そう言ったのがやけに気にかかった。「とりあえず、体調を整えて、リーグ戦も頼むよ」と声をかけてから2週間もせずに病が判明する。

 その衝撃は大きかった。ミーティングで話を聞いた選手、スタッフは押し黙り、MF山田陸はボロボロと涙を流したという。強化責任者の竹村栄哉テクニカルダイレクターにとっても、名倉はJ1で名実ともに強化責任者となったばかりの頃に獲得した選手であり、受けた衝撃は大きい。

 名倉が契約するODOROKIの石田博行氏にとっては、エージェントとなって最初期から手がけた選手であり、今では有力選手を多く抱えるODOROKIのスタート的な存在でもあった。

 石田氏はときどき練習を見に来ては「ナグはどんな感じですか?」と、まるで弟の近況を尋ねるように訊いてきたものだ。そのショックはいかばかりだったろうか。誰にとっても名倉の離脱は大きく、重いもので、病の判明からクラブ発表まで少し時間がかかったのはそのためである。

 そのなかで名倉は現実を受け入れ病と闘うことを決めた。周囲はそんな名倉の覚悟を支持し、クラブはそんなみんなの思いを受け止めた。名倉の病気治療をサポートする「14NAGU(ONE FOR NAGU)PROJECT」を立ち上げた。ただただ、名倉を応援したいという一念からであり、その思いはJリーグ全体へと広がっていった。

「筋トレちゃんとやってますよ」

 治療の合間を縫って関東の試合に駆けつけた名倉はそう言い、「チームがJ1に昇格して、自分もJ1で復帰する。それが最高」と笑った。苦しいことも多いだろうが、治療は今のところ順調なようで、その後も度々試合会場へ足を運び、ホーム最終戦やJ1昇格を決めたリーグ最終節にも駆けつけた。

 本来なら立っていたであろうピッチから少しだけ離れたスタンドで、ユニフォームの代わりに「ALL NAGASAKI」のTシャツを身に着けて声援を送った。何よりもサッカーが好きな名倉のことである。試合を見ながら「俺ならこうする」「俺も試合に出たい」と思っていたことだろう。

「一番、泣きそうになったのはナグとハグしたときかな。泣いてないですよ、泣いていないけど、そのときはグッときた」

 J1昇格を決めたあと、名倉と仲の良いDF江川湧清はそう語った。名倉の病が判明して以来、江川は極力、名倉について語ってこなかった。それは「ナグが言ってほしいのか分からない。ナグがどうしたいのか分からないのに、自分が何か言えない。だから、それまで何も言えないし、言わない」という思いからだった。

 それがこの日は、自ら名倉の名を出した。2人が仲良くなった理由の1つは、ともに怪我が多く、リハビリを一緒に過ごす期間が長かったためである。「リハビリ組の片方が今、ちょっと長いリハビリ中だけど、これでJ1で復帰できそうだね」と江川に声をかけると、「そう! 本当にそう! それが一番」と笑顔で返してきた。

 今季、無念の離脱となったが、契約を残すとされる名倉をチームは残留させるだろう。そうなれば、名倉は2018年以来、2度目のJ1プレーヤーとなる。だが、それは無条件でJ1でプレーする特権を与えるものではない。

 まず病との大勝負に打ち勝たねばならないし、その勝負に勝っても、そこからようやくJ2を勝ち抜いたチームメイトとの競争でスタートラインに立てるだけなのだ。J1でプレーする道は、J1昇格に劣らず険しい道なのである。

 だが、名倉はこの大きな壁も必ず乗り越えてくるだろう。以前、大柄な選手を得意とする理由を訊いたとき、こう答えていた。

「僕は昔から体が小さかったんですよ。だからいつも相手の方が体が大きい。だから、慣れているし、どうやったら体の大きい人が嫌がるかを知っている。だから得意なんですよ。それに相手が大きい方が燃えるでしょ。やってやろうって気になるんですよ」

 そう、名倉はいつだって自分より大きな相手に挑み、そして乗り越えてきた。今回も必ずやってくれるに違いない。チームは、クラブは、長崎は、そのときが来るまで名倉が立つスタートラインの位置を空けて待つだけである。選手層が厚い長崎だから、ポジション争いのスタート地点もきっと密集しているだろう。だが、どんな密集地帯でもすり抜けて喜びを届けてくれるだろう。

 そのとき、苦戦する対戦相手のJ1選手はこう言うに違いない。

「あの14番の選手は何者だ」

 彼の名は名倉巧。長崎が誇る不屈のアタッカーである。

(藤原裕久 / Hirohisa Fujihara)



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