J1連覇→決意のJ2移籍「挑戦してよかった」 元日本代表MFが狙う”2つの夢”「やはり全然違う」

今季神戸から長崎に加入した元日本代表MF山口蛍
J1へ自動昇格する2チームがまだ決まっていない、空前の大混戦となっているJ2リーグは29日に運命の最終節を迎える。前節で首位を奪回したV・ファーレン長崎は4位の徳島ヴォルティスと敵地で引き分けても8シーズンぶりのJ1復帰が決まるなかで、キャプテンのボランチ山口蛍は「J2で優勝してJ1へ」と公言する。今シーズンにヴィッセル神戸から加入した35歳のベテランは、なぜ昇格と優勝の両方にこだわるのか。(取材・文=藤江直人)
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新天地で追い求めてきた2つの夢を、同時にかなえるチャンスが目の前にある。今シーズンからJ2のV・ファーレン長崎でプレーする35歳のベテラン、山口蛍は29日のJ2最終節を前にこんな言葉を繰り返している。
「J2で優勝して、J1へ昇格したい」
前節を終えた段階で長崎は勝ち点69でトップに立っている。2位には同67で水戸ホーリーホックが続き、さらに同66でジェフユナイテッド千葉が3位、同64で徳島ヴォルティスが4位につけている。この4チームがJ1へ自動昇格する2位以内に入る可能性を残す、未曾有の大混戦は大きな注目を集めている。
そのなかで長崎は徳島のホーム、鳴門大塚スポーツパーク ポカリスエットスタジアムに乗り込む最終節で引き分けても2位以内が確定して、2018シーズン以来となるJ1への復帰が決まる。しかし、引き分けた場合は水戸に勝ち点70で並ばれ、得失点差で後塵を拝する2位でシーズンを終える可能性も生まれる。
そうなっても、自力で昇格を決められる状況は変わらない。しかし、山口は優勝との二兎を貪欲に追う。
キックオフ前の時点で首位だった水戸を、ホームのPEACE STADIUM Connected by SoftBankに迎えた23日の大一番を2-1で制し、首位に返り咲いた興奮の余韻が残るピッチ上で行われたホーム最終戦セレモニー。最初にあいさつに立った山口は、ファン・サポーターへ向けてこんな言葉をまず届けている。
「本当は今日、昇格が決まると一番よかったと思うんですけど、水戸というライバルにしっかりと勝って、最終節は徳島、アウェイですけどしっかりと勝って、J2で優勝してJ1にいきましょう」
万雷の拍手を浴びながら、山口は「ちょっと個人的なことですけど」と前置きしたうえでこう続けた。
「このサポーターの方々、このスタジアムで1年間プレーして、本当にこの長崎に来るという挑戦をしてすごくよかったといまは思っています。なので、最後は本当に優勝してみんなで喜んで長崎に帰ってきましょう」
なぜ山口は昇格と優勝の両方に強くこだわるのか。答えのひとつは、プロサッカー選手になって17年目を迎えている山口のキャリアにある。水戸戦後の取材エリア。山口は次のように語っている。
「やはり2位と1位とでは全然違うと思っていますし、個人的なことを言えばJ2で戦うのは4度目ですけど、一度も優勝したことがないので。2位よりも優勝してJ1へ昇格したいと思っています」
山口が初めてJ2でプレーしたのは、セレッソ大阪のU-18からトップチームに昇格した2009シーズン。山口自身は出場3試合、プレータイム158分に終わったなかでセレッソは2位でJ1へ昇格した。
次は2015シーズン。山口はキャプテンとしてチームをけん引するも、セレッソはリーグ戦を4位で終えて自動昇格を逃し、さらにJ1昇格プレーオフ決勝では後半終了直前にアビスパ福岡に追いつかれて痛恨のドロー。レギュレーションによりリーグ戦を3位で終えていた福岡に、J1行きの切符をもぎ取られた。
3度目は翌2016シーズン。完全移籍していたドイツ・ブンデスリーガ1部のハノーファーからわずか半年で復帰した山口は、9月のJ2月間MVPを獲得する活躍を演じてセレッソに貢献。前年に続いてリーグ戦の4位から勝ちあがったJ1昇格プレーオフ決勝でファジアーノ岡山を撃破し、雨中の死闘後に歓喜の涙を流した。
もっとも、キャリアのなかにJ2優勝がない状況だけが理由ではない。もうひとつの理由は、長崎への移籍を決めた理由にある。ヴィッセル神戸のキャプテンとしてリーグ戦連覇を達成し、天皇杯との二冠獲得で花を添えた昨シーズン後。サッカー界を驚かせた長崎への移籍を、山口は自身のインスタグラムでこう説明している。
「真っ先に僕にオファーをくれ、自分を必要としてくれてありがとうございます!素晴らしいスタジアムでクラブのビジョンと絶対にJ1に上がる、その熱意に心動かされました!試合ではチームの為に誰よりも走り泥臭く頑張ります!(中略)シーズンは長く、良い時も悪い時もあると思います。そんな時こそ一つにまとまることが大事です!そして最後にみんなで笑って終えるシーズンにしましょう!」
昨秋に開場したPEACE STADIUMを舞台に描かれる壮大なビジョン。何よりもそのPEACE STADIUMでベガルタ仙台に1-4と惨敗した、昨シーズンのJ1昇格プレーオフ準決勝が終わったその日に今シーズンへ向けた強化会議を開催し、昇格への切り札として山口に白羽の矢を立てた電光石火の熱意が決め手になった。
いきなりキャプテンを拝命した今シーズン。山口が怪我で欠場を余儀なくされた序盤戦の6試合でひとつも勝てずに失速した長崎は、折り返しの19試合を終えた時点で8位に低迷。チームは下平隆宏監督との契約解除に踏み切り、後任には長崎の代表取締役兼C.R.Oを兼任する形で元日本代表の高木琢也氏が就任した。
山口がインスタグラムに「シーズンは長く、良い時も悪い時もある」と綴ったように、前回昇格時の指揮官だった高木新監督のもとで長崎は12勝5分け1敗とV字回復。悲願成就へついに王手をかけた。
そして、右肩上がりに転じた軌跡に比例するようにPEACE STADIUMを取り巻く熱気と興奮度も増し、水戸戦の公式入場者数は開場以来で初めて2万人の大台を突破。それまでの最多だった昨シーズンの愛媛FCとのホーム最終戦の1万9902人を上回る、2万4人の大観衆から放たれる声援の塊が長崎を鼓舞し続けた。
「90分を通して攻守の入れ替わりが本当に激しく、お互いが最後まで気の抜けない試合になりましたけど、僕たちがピッチに入ったときからものすごく後押しを受けていると感じていました。試合中も先制した後、追いつかれた後、そして勝ち越さなきゃいけない状況でも、ファン・サポーターのみなさんが常に後押ししてくれました」
さらに今シーズンの長崎の総入場者数は30万1665人に到達し、クラブ史上で初めて30万人の大台をクリアした。世界に誇れる駅近の新たなスタジアム。心技体を充実させている選手。そして老若男女を問わずに足を運び、スタンドを熱く彩るファン・サポーターがいま、三位一体となって新たな文化を創り上げている。
この雰囲気をさらに究極の域に高めて、秋春制へ移行する2026-27シーズン以降へつなげていくためにも、前回にJ1昇格を果たした2017シーズンも届かなかったJ2優勝が求められると山口は考えているのだろう。県内全体を巻き込みつつあるムーブメントの中心にいるからこそ、最高の流れを一気に加速させたいと望んでいる。
ピッチの内外で寡黙で、それでいて常に頼れる背中を見せ続けて、チームへの熱い思いを注ぎ続ける山口が放つ存在感を、2023シーズンにキャプテンを務めた生え抜きのDF米田隼也はこう語っている。
「ものすごく経験もありますし、何て言うのか、余裕も感じますよね」
いざ、決戦へ。他会場の試合結果に関係なく、勝てば夢をダブルでかなえられる大一番のキックオフは14時。ホームで対峙した3月には1-0で勝利している徳島との大一番を、山口は静かに待っている。
(藤江直人 / Fujie Naoto)

藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。





















